マルコ
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
幼い頃にオヤジである“白ひげ”に拾われて以来、○○はずっと白ひげ海賊団の一員として海で生きてきた。将来の夢は“オヤジに認めてもらえるように、船で一番強くなる”こと。
………だが、現実はひどく残酷だ。
子供のときには分からなかった男女の差を、歳を重ねるごとにひしひしと感じる。子供の頃は余裕で勝てた仲間にも、男女の力の差でどうにも出来なくなる。剣が弾かれ、自分が負けたことが受け入れられずに茫然と立ち尽くす○○。「○○、お前じゃもうおれに勝てねェって」と、慰めの言葉を放った仲間に殴りかかったのは、この船では誰もが知っていることだ。
悔しくて悔しくて、どうしようもなくて。
激しい取っ組みあいになると他の仲間が仲裁に入り、大事には至らなかった。それでも○○の心はずたずただった。あれは暗に「お前は女なんだから、」とたしなめられたのだ。喧嘩の余韻が抜けきらない怒り肩のまま、オヤジの元へ行けば。“娘”がまさか殴られたとは思っていなかったのだろう。切れた口元を見てオヤジは深く溜め息を吐いた。そして「家族同士で喧嘩なんかするんじゃねェ」と○○の頭を優しく撫でる。オヤジは口にすることはなかったが、○○は分かっていた。“船で一番強くなるのは無理だ”……と。それは何も知らない子供が描いた絵空事であって、女の○○が船で一番になれるはずがない。
けれど、決して鍛錬を止めなかった。船で一番になれないなら、せめて白ひげ海賊団初の女隊長になってやる、と思っていたのだ。だからこそ寝る間を惜しんで鍛錬しているというのに。
(ねえ……どうして?)
その力の差は大きくなるばかりだ。歳を重ねるごと逞しくなっていく仲間とは違い、○○は“より女らしく”なっていく。筋肉のついた太い腰ではなく、くびれのついたしなやかな腰。人よりも鍛えているはずなのに肩や腕も細く、理想のものとは程遠い。オヤジに「いい女になった」と言われる度、言葉に詰まる。褒められるのは嬉しい。だが“ただの女”に成り下がっているのではないかと恐怖を感じるのだ。
(わたしは…怖い)
最初は同じ位置にいた仲間がどんどん上へと登り、それに比例して自分は落ちていく。このままだとどうなってしまうのか、恐怖ばかりが頭を過るのだ。
その上、
(エースには先を越されるし……)
気持ちは終わりがないほど沈んでいく。
エースは○○よりもずっと遅く白ひげ海賊団となった。その気さくな性格と、同い年であることもあってふたりはすぐに仲良くなった。「お前ほど強い女をおれは知らねェよ、○○」そう微笑んでくれたエース。
そして、そのエースは圧倒的な強さで二番隊隊長へと昇格したのだった……。
誰よりも仲の良いエースの“出世”は嬉しい。けれど心の底から喜べない自分がいる。そんな自分が嫌で嫌で仕方なくて……。
停泊中の船を飛び出したのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
海の見える丘の上、星が煌めく夜空を途方もなく見上げていた。その大きな目には止め処なく涙が溢れ、それもまた止め処なく流れ落ちる。○○はそれを拭うこともせず、ただずっと嗚咽を漏らしていた。
家族の前では流れない涙も、一人になればどうしようもなく溢れてくる。普段ならば自室にこもって声を殺し、泣くものの。
(今日は…船にいたくない……)
エースの二番隊隊長の昇格を祝う宴の賑やかさ。それはあの巨大な船、モビー・ディック号のどこに居ても聞こえてくる。それに比べあまりの情けなさに、○○はいつも以上に自分を追いつめていく。
せめて泣かずに精一杯エースを祝福しよう。……そう誓ったのだが。ただ酒を片手に「エース……、おめでと」と言う事しか出来なかった。
(もう……最悪…)
一歩踏み出せば海に墜ちる絶壁、○○は崩れるようにしゃがみこむ。夜空を美しく飾る星の眩さは自分の醜さを攻めているようで、見つめることも敵わない。
本当はここに居るべきではない、……そう分かっている。
本来ならば笑顔で、「エースおめでと、わたしも負けないからね」とグラスをぶつけあうのが正しい。それなのに友達を祝う宴を抜けだし、こうしているだなんて……。
「うっうー……」
顔を覆う手から涙がすり抜け、地面に落ちていく。このどうしようもない気持ちを激しく打ち付ける波がさらってくれればいいのに。そんな風に思いながらも、行き場のない気持ちは彷徨いあぐねる。
エースの二番隊隊長昇格を妬んでいるわけではない。ただ、自分の非力さが歯痒くて悔しくて、どうしようもないのだ。どれだけ足掻いても越えられない“性別”という力の差がある。それを改めて見せつけられたような気がして、涙が溢れてしまうのだ。
○○はエースの前でも…ましてやオヤジの前でも泣いたことはない。泣く=弱いと思っているからだ。泣けば“女の弱さ”を肯定するような気がするのだ。皆の前ではいつも何ともない顔をして、誰も居ない所で泣くのだった。
(もう泣き止まなきゃ……)
しゃがみこんだ脚の隙間から冷たい夜風が流れ込んでくる。スー…と頬を撫でられ、その冷たさに冷静さがやっと戻ってくる。これ以上泣けば目が腫れて、誰にも顔を見せらなくなる。そう分かっているのだが、“昇進の件”は○○にとって大きすぎた。胸の痛みも、涙も退く気配がない。ただただ涙は流れ、ひっくひっくと嗚咽を繰り返す。
いつまでもこうしていられない。そろそろ戻らなければ「○○はどこに行ったんだ?」と皆が気付き始めるに違いない。だが、○○はいつまでたっても立ち上がることが出来なかった。
不意に、“青く輝く焔の塊”がぽたりと地面に落ちた。
ゆっくりと顔を上げると、視界いっぱいに眩い星が輝く夜空が広がっている。その中で星よりも神々しく、美しく輝く不死鳥がいた。胸に刻まれた白ひげ海賊団のマークが、○○の愛してやまない海と同じ色だった。海を見る度に“彼”を思い出す。
ここまで飛んできたのだろう。
空で羽ばたく大きな翼からは青い焔が落ち、○○の足元へ落ちてくる。青の焔が頬に落ちた瞬間、ぽろ…とまた涙が流れた。
「どうしてよ……」
「……」
だがその問いかけに何も答えず、不死鳥…マルコは青の焔を纏っているのだ。
マルコはどうして分かるのだろうか。
○○が泣いていると必ず現れるのだ。それも「○○…またお前は……」と呆れたように腕を組むのだ。ただ、小さく溜め息をついて「お前のせいじゃねェよい」と頭を撫でてくれる。小さな声で「マルコ、」と呼ぶ○○。すると逞しい腕が伸びてきて強く抱き締めてくる。そのときばかりは○○も“強がり”を捨て、マルコに
だが、彼との関係は曖昧なものだ。こうして優しく慰めてくれるのも、抱きしめてくれるのも、“家族として”だと認識している。
だからこそ、まさか船を出てまで追いかけてくるとは思っていなかったのだが……。
「マルコ……」
嗚咽で震える声で呼んでも、マルコは人型に戻るどころか口も開かない。マルコは崖に飛び降り、バサッ…と翼を閉じた。ただ、こちらをじっと見つめるのだ。その青く透き通った瞳はまるで星々のように煌めいている。
言葉にせずとも、マルコはすべてを理解してくれている。男と女という高い壁で○○が足掻き、苦しんでいるということを。だからこそ何も言わず、ただその悲しみを引き取るように静かに抱きしめてくれるのだ。
(マルコ…苦しくて悲しくて……もう、やりきれないの)
そう叫べば楽になるだろうに。きっとマルコならば「…○○」、とすぐにでも抱き寄せて、その胸で思いきり泣かせてくれるはずだ。
「マルコ、」
いっそのこと、全てぶちまけてしまおうか。この劣等感も、じれったさも、何もかも……。けれどそうすれば“マルコ”という男から抜け出せなくなりそうで怖いのだ。
ゆっくりと立ち上がれば、またぽろりと涙が溢れる。マルコは黙ってそれを翼で拭い、○○の頬を撫でた。青い瞳を見つめれば、痛いほど胸が苦しくなる。焔で燃える翼をそっと掴んだ。
(マルコ、わたしは怖いのよ。……“恋”を知れば、もっと弱くなるような気がして)
するとマルコはゆっくりと
あたたかい抱擁は、闇の中。
青い闇がいま始まる
けれど暗くて息苦しいこの世界から救い出してくれるのは、いつも…あなたなのよ。
Fin.