マルコ
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魚人島「人魚の入り江」では“白ひげ海賊団が来る”と人魚たちが朝から騒いでいた。いや、その騒ぎは今日始まったことではない。その噂が流れてきた三日前から入り江は大騒ぎだ。
魚人島を救った“白ひげ”を一目見たいという気持ちは皆一緒だったが、特に人魚たちは白ひげ海賊団隊長たちに会いたい気持ちが強かった。人魚たちは強くてワイルドな海賊が好きだ。そして、白ひげ海賊団はその頂点に居る。並みの海賊よりもはるかに強いし、見た目もいい、人柄もいい。モテない、という方がおかしいだろう。
四番隊隊長サッチは女性の扱い方が上手い。彼はいつも良い気分にさせてくれるの、と頬を染めて人魚たちは言う。ただ、浮気者!と殴られている場面もよく見受けるのだが。
二番隊隊長エースは白ひげ海賊団の中でも若い。だからこそ少年っぽい笑みに癒されたり、かと思えば男らしい一面を見てきゅんとしたり。皆そんなギャップにやられているのだろう。食べながら眠るエースを見てきゃあきゃあ言うのだ。
一番隊隊長マルコは何より…誰より、大人の男の落ち着きがある。サッチやエースのように馬鹿笑いすることはないが、ふと微笑みかけてくるその笑顔は魅力たっぷりで。悩殺、と言った方が正しいかもしれない。事実、彼を見つめる人魚たちの瞳はハートマークになっている。
そして人魚たちから一番人気が高いのもマルコである。皆マルコに気に入られたいがために自分を磨きあげるのは勿論のこと、彼の“タイプ”を調べ上げそれに近づこうとする。それを見ていると「わたしもあの子に負けないぐらい綺麗になってやる」という闘争心に火が付くのだろう。彼女たちの争いは熾烈なものだった。
○○も勿論、一番隊隊長マルコに胸をときめかせる人魚のひとりなのだが。彼女は他の人魚たちのように白ひげ海賊団を入り江で待つことなく、ひとり寂しい海岸に居た。
「………」
波打つ音が辺りの静けさを際立たせ、○○は大きな岩の上で膝を抱えた。
そろそろ白ひげ海賊団が到着したのだろう。海の中で泳いでいる魚たちがいつもよりそわそわしていた。きっと入り江では人魚たちの黄色い声が響いているに違いない。だが、入り江から遠く離れたこの海岸にはまったく聞えなかった。
(きっとマルコさんは皆に囲まれてるんだろうなあ…)
だはー…と溜め息をついて海の遠くを見つめる。
マルコのために磨かれた身体を押し付け、甘い声で擦り寄って、とびきりの笑顔を見せる。マルコだって男だ。エースのように恥ずかしがらなくても、サッチのように鼻の下を伸ばしていなくても、喜んでいるに違いない。
きっとサッチさんなら一発だな、と○○は苦笑する。
(両手に花でもおかしくない、よね)
元々人魚という種族は男は凛々しく、女は美しい。その美女である人魚たちが美しさによりをかけて手招きしているのだ。ついて行かないわけがない。より取り見取りで楽しそうにしていることだろう。
「はあ…」
○○は諦めていた。
あんなに美しい“お姉さま方”に勝てるはずがない…と。
友人であるケイミーは「○○ちんは可愛いのに勿体ないよ!」と入り江に行くことを強く勧めてきた。しかし○○には到底、その勇気などない。
それに、
(マルコさんが他の女の人とくっついてるの見たら凹んじゃうよ)
そう思って入り江には行けないのだ。
マルコのことは好きだ。誰にも負けない、と思うほど。けれど皆を出し抜いたり、なりふり構わずマルコを誘惑することはできない。それは○○の引っ込み思案な性格にあるのだが。
もういっそのこと、諦めてしまおうか。
ぴしゃ、と尾で水を掻き上げると。海の中から魚たちが「大丈夫?」と心配そうな顔を向けてくる。うん大丈夫、と笑ってみたもののその笑顔は引きつっているのだろう。魚たちは困ったように顔を見合わせている。
「あー……あ」
長い溜め息をついて、両手で顔を覆う。
潮風が髪を揺らし、宙を踊る。
けれど、一度だけマルコと話したことがある。
○○とマルコが魚人島の商店街で会ったのは偶然だった。○○は風船に揺られ、ひとりで買い物を楽しんでいた。不意に後ろから「○○っ」と誰かに呼ばれ振り返る。するとマルコが金色の髪を揺らし、笑顔で駆け寄ってきたのだ。マルコに話しかけられたことに驚いたが、マルコが自分の名前を知っていたことの方が衝撃だった。
何か話したいというのに極度の動揺のためか、何も言葉にならない。だが、マルコはその様子にククと笑って「なに固まってんだい」と額を軽くつついた。微かに伝わったマルコの体温と、くらくらするような良い匂い。マルコが目の前にいるだけで、○○から冷静さが奪われていく。
不意にマルコの視線が○○の手元へと移る。「造花かい?」そう訊かれ、「あ…そうなんです。この花は地上でしか咲かないから、ここら辺では手に入らなくて…」と頬を染めながらこたえた。この花は決して魚人島では咲かない。それは太陽からの直射日光が必要だからだ。そのため魚人島では造花でしか売っておらず、それでもいいからと購入した。本当は本物の花が見たいんですけどね、と小さく笑った。するとマルコが微笑んで「じゃあ今度持ってきてやるよい」と言った。思いがけない言葉に「え?」と目を丸くすると、「楽しみにしてろよい」と頭を撫でるものだから胸のときめきが治まらなかったのだが。
(でもあれは偶然だったし……)
きっと二度目はない。実らない恋なら早めに手を切った方がいい。うじうじするぐらいなら、と○○は俯く。
すると、
「おーいっ! ○○!」
聞えてきた声に振り返ると、いつの間に来たのだろうか。波打ち際で手を振るサッチの姿が見えた。嬉しそうな顔で次々に岩の上を飛び移り、こちらへ向かってくる。
「サッチさん…」
サッチは昔から兄的な存在であり、魚人島へ来たときには必ずこうして訪ねてきてくれる。もう十年も昔、魚人島で釣りをしていたサッチに間違えて釣り上げられてしまったのが始まりだ。
ここまで走ってきたのだろう。ふう、と息をついてサッチが口を開く。
「どうしたんだよ、シケた面しやがって。マルコも来てんのによ」
「……」
弱々しい声で「サッチさん…」と呼ぶと、腕を組んで「ん?」と優しい声音で返事してくれる。
「わたし…マルコさんのことは諦めようって思ってるんです。このまま好きでいても……なんだか、辛い気がして」
何となくそう予感していたのだろう。サッチは重い溜め息を吐いて空を見上げた。彼が魚人島に来る度にマルコへの恋心を相談していたのだから、サッチも感慨深いのだろう。青く澄んだ空を視界いっぱいに広げると、ゆっくりとまた視線を戻す。
サッチの真摯な目が印象的だった。
「確かにマルコには好きな奴がいる」
「!」
「つってもおれも昨日知ったばっかだけどな。街から戻ってきたかと思えば花束持っててな…。すげェ上機嫌だったから訊いたんだよ、どうしたんだってな。何でも、ある奴に“地上で咲いた花を見てみたい”って言われたらしいぜ? そいつに見せてェから買ってきたってな。そんなに好きなのかっつったら何て言ったと思う? 自分でも信じられねェほど惚れてんだとよ!」
「さ、サッチさんそれって……」
「さあな。おれは誰だか知らないぜ」
サッチの話から憶測してもそれは○○のことを指しているのだろう。現にマルコと以前会ったとき彼は「今度持ってきてやるよい」と言っていた。そしてサッチの話から考えるに、○○とマルコは……。
(りょ、両想い……!?)
顔がぼっと赤くなったのをサッチは楽しそうに眺めていた。熱い、と頬を両手で覆っていると不意にサッチの腕が肩を抱いた。見上げるとサッチが意地悪な笑みを浮かべてこちらを覗き込んでくる。
「あとおれが知ってんのは、そいつンとこにマルコが花束抱えてくるってことぐらいだ」
「さ、サッチさん……」
ふっと耳に息を吹きかけられびくつくと、サッチがにやりと笑った。すると向こうから「おいサッチ! 何やってんだよい」という男の声が聞えた。どきっ!と今までになく高鳴った胸を抑えつつ顔を上げる。するとそこにはサッチの言った通り花束を抱えたマルコの姿があった。
(マルコさん……)
彼がこちらへ近づいてくる度に胸は高鳴り、今にも胸から心臓が突き出しそうだった。緊張しまくっている姿を見てサッチが笑う。だが、それに対応する余裕すらなくなっていた。
マルコに睨まれサッチは苦笑しながら肩から手を離した。
「べっつにー。おれも○○に用があったからな」
耳元近くで「頑張れよ」と言われ頬が赤いまま何度も頷いた。そしてシシ、と笑ってサッチは去ってしまう。彼が去った海岸はとても静かで、辺りは波の音だけが響いていた。
ふと顔を上げるとマルコの青い目とぶつかり、まるでゆでだこのように赤くなる。するとマルコが微笑んで花束を差し出した。
「約束の花…持ってきたよい」
「ありがとうございます、マルコさん」
そっと受け取ると、その馨しい匂いが鼻腔に広がった。プラスチックの造花とは違い、しなやかな茎が大輪を支え、綺麗なオレンジ色の花弁が咲き乱れていた。その他にも見たことがない花や草が添えられており、造花とは比べ物にならないそれに○○は歓喜の声を上げた。
不意にマルコに名前を呼ばれ、花束から顔を上げた。
唇に触れた何かに気付いたが、未だ状況を把握できていなかった。どうしてこんなにマルコの顔が近いのか、どうしてマルコの手が背中に触れているのか。
小さな声で「…○○、口開けろい」と低く囁かれ、ようやくこの状況を飲み込んだ。真っ赤になった顔、恥ずかしさに小さく首を横に振れば唇を舐められ、思わずマルコの服を掴んだ。
「ああ…悪い。お前があんまりにも可愛いからよい、」
手ェだしちまった、と囁いたマルコの低い声音に鳥肌が立った。優しい男だと思っていたマルコの海賊らしい一面が垣間見え、胸が締め付けられる。いっそ強引に奪い去ってほしいという自分の感情に戸惑う。
どうしていいのか分からずマルコに抱きつくと、「どうしたんだい」そう笑って髪を梳いてくれる。
「○○、おれは……」
「…だめです」
「○○?」
「今…それを言われたら心臓が破裂しちゃいます……」
花より脆く、海より深い
そう告白するとマルコは楽しそうに笑って、「じゃあゆっくりと待つことにするよい」と抱きしめてくれた。
Fin.