マルコ
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誰かに触れられている感触にふと目を覚ます。
(どれぐらい寝たんだろ……)
寝起きの視界にはふさふさした大きな手が映っていた。またいつものように、寝たまま変身してしまったのだろう。
夕日で染まったデッキがぼんやりと見え、随分と時間が経ったのだと知る。
と、いうのも朝から昨日のことを思い出したり、サッチの長い説教をくらったりと○○は疲れっぱなしだった。ちょっと休憩しよう、とデッキに寝っころがったのだ。しかしそのまま寝てしまったのだろう。
起こさないように優しく、まるで雪を掬うような手つきで頭を撫でる。潮風に乗って鼻腔に運ばれてきた、胸を締め付ける匂い。○○の手の近くに置かれた、脚。フリンジの靴。
(マルコさん……?)
それは疑う余地もなくマルコ本人だ。しかしどうしても“昨日の一件”を思い出してしまう。この手を避けたマルコが、こうして優しく触れてくるとは……素直に思えないのだ。
複雑な胸中など知りもしないのだろう。○○が起きているとは知らず、マルコは耳を撫でている。
(マルコさんはどうしたいの……?)
核心的な言葉は拒むというのに、隊長と隊員の触れ合いを越えたことをする。マルコは一体何を望み、何をどうしようとしているのだろうか。
伸ばした手の向こう、一歩下がったマルコを思い出す。
大きな白い手が
すると肉球に触りたくなったのだろうか。ふさふさした狼の毛皮を滑るようにマルコの手が頭を下り、首を伝い、腕へ到着する。全身を撫でられているような感覚に思わず喉を鳴らしてしまう。その手は○○に優しく触れる。
(……マルコさんと、手を握ってるみたい……)
狼の手に比べれば小さいが、それでもマルコが包むように手を握ると、そんな風に感じて仕方ないのだ。
マルコの本心を知りたい。
それが“痛み”や“苦しみ”に向かうことになってもいい。今の○○は宙に浮いたまま、息も出来ずもがいているだけだ。
……マルコから明確な言葉が欲しかった。
ただ、それだけだ。
だからこそ“昨日の痛み”を抱えたまま、一歩踏み出した。○○の手を握るマルコ。そのふさふさの手が人間のそれに変われば、明らかにマルコの顔はこわばった。
「マルコさん」
「!」
変身をとき、今度こそ言い逃れが出来ないように手を握ったのだ。
しかしまるで何かを断ち切るかのように、マルコは○○から手を離した。そして逃げるように立ちあがるマルコ。それは昨日の“○○を避けたマルコ”と何ら変わりなかった。
「どうして……?」
思わず疑問の言葉が口から出た。
茫然と上半身を起こした○○と、足を止めて振り返ったマルコ。彼の表情は何ともいえない……複雑なものだった。マルコの方が辛そうに見えるのは何故なのだろうか。
「…○○…」
近付くのがいけないのなら、近付かないようにすればいい。
それは苦渋の選択ではあった。しかしそれでマルコが微笑んでくれるのなら、それでいい。そう自身に言い聞かせ、朝からマルコとの距離をとった。だが、距離をとればとるほどマルコは近付いてくるのだ。
まるで遠くにいくのが辛い、とでも言うように。
けれど近付けば離れる。
もうどうすればいいのか、分からない。
「わたし、ただ……マルコさんのことが好きなだけなのに」
ともすれば崩れてしまいそうな感情の均衡。
零れた言葉と涙は崩れるようにデッキに落ちていく。
“気持ち”がないのなら、いっそ突き放してくれたらいいのに。「好きじゃない」と、諦めさせて欲しいのに。だがマルコはそうすることなく、優しく接してくるのだ。まるで……○○のことが好きだというように。
(勘違いさせないで……)
マルコの優しさは痛みでしかない。
ぼろぼろと流れる涙。それをとめる術もなく、#bk_name_1#自身もマルコも追い詰めていく。
すると、
「○○…?」
ふいに名前を呼ばれ、顔を上げる。
涙でぼやける視界、デッキの向こうにエースが居た。しかし、「どうしたの?」というよりも先にこの泣き顔に気付いたのだろう。
「なんで泣いてんだよっ?!」
かけよってきたエースに、涙で震える声で何と言えばいいのか。まさか目の前の男が原因だと言うわけにもいかず、小さく首を横に振る。
しかしそれでは納得いかないのだろう。
傍らに立つマルコに視線を向ける。
「どういうことだ、マルコ」
「……お前には関係ねェだろい」
やけに緊迫した空気が辺りを凍らせ、エースとマルコの低い声がデッキに響く。こういうときにサッチが居れば、「まあまあふたりとも、そんなに突っかかるんじゃねェよ」と仲裁してくれるのだが。
「おれは○○を泣かせる奴は許さねェ…。それがお前だったとしてもだ、マルコ」
喧嘩を挑むようにマルコに一歩踏み出すエース。マルコはというといきなり現れたエースに不快を抱いているようだった。その表情は苦く、腕を組む姿が威圧感を放っている。
だが、エースはひるむことなく言葉を続ける。
「マルコ、お前……おれに遠慮してんだろ」
「何の話だい」
「とぼけるなよ、お前だって○○が好きなくせに」
エースの言葉に○○は息を呑む。
(マルコさんがわたしを、好き……?)
はっとしてマルコに視線を移せば。否定するわけでもなく、否……肯定するように目を伏せるのだ。ならば今までのは全部勘違いなどではなかったのだろう。
遠慮している、というエースの言葉で“全てのこと”に合点がいく。
近付けば離れる。○○のことが好きなエースのことを思えばそうしてしまう。
離れれば近付く。しかし、○○のことが好きなマルコは彼女に近くに居て欲しい。
好きだと言われそうになれば。脳裏に浮かぶエースの存在に正直に頷くことが出来ず、ただそれを回避するしかない。
エースは攻めるようにマルコの肩を小突く。
「お前はおれに気ィ使って○○を傷つけて……、」
それ以上は言わず、いらついたように小さく舌打ちをする。それはまるで情けない自分を責めるようにも見えた。
「行くぞ、○○」
半ば強引に腕を取り、よろけた○○を自身の胸に引き寄せた。その胸は昨晩と同じように高鳴っていた。有無を言わさず連れて行こうとするエース。
すると、
「待てよい」
「ま、ルコさん……」
マルコに片腕を掴まれ、引っ張られる。エースの胸から離れたものの、右手はエース、左手はマルコに掴まれていた。どちらかが引っ張ろうとすれば○○は痛みと共に、右へ左へ揺れ動く。
「……離せよマルコ」
聞いたこともないような、怒りを含んだ低い声。ボッと焔で肩を燃え上がらせ、マルコを威嚇する。
ただ、マルコも退くつもりなど毛頭ないのだろう。
「お前に指図される覚えはねェよい」
彼もまた腕を青い焔で燃え上がらせる。
闘いも辞さないふたりの覇気に、血の気が一気にひく。止めようとしたが、どちらともなく手を離す。すでにふたりの目に○○は映っていなかった。
ゴオッ!と勢いよく燃え広がるエースの背中。
それが闘いの合図だというようにふたりは踏み寄る。こんなことを望んでいないし、ましてやふたりは隊長同士なのだ。そのふたりが闘えばどうなってしまうか、……考えたくもない。
慌てて○○は駆け寄り、ふたりの間に割り込んだ。
「やめてよ、ふたりともっ………きゃ!」
取っ組み合おうとしたどちらかの腕が勢いよく肩にぶつかった。思わずバランスを崩す。力の入らない身体、腰に柵に当たったと気付いたときには既に遅かった。
ふらっ……と重力に背中を引っ張られる。
「「 ○○っ!!!!!!!!!!!! 」」
ふたりの声、ふたりの腕が伸びてきた。しかし、到底届くはずもなかった。まるでスローモーションのようにゆっくりとした感覚を味わう。通り過ぎるふたりの姿、夕暮れの赤い空、カモメたちの黒い翼状。
身体が完全に船から落ちればふたりが柵に駆けつけてきた。けれど彼らも能力者、どうすることも出来ない。
背中に海の冷たさを感じた瞬間。
「マルコさっ……!」
咄嗟に叫んだマルコの名前。それが届いたかどうか。
夕日に黒く落ち着いた海の中。上っていく気泡と、落ちていく自身の身体。
耳にはボコボコボコッ……という激しい海の音。
船上での騒がしい男たちの声。
痺れていく感覚と遠のく意識、伸ばした手の向こう側。……ただ、その手はどこに辿り着くこともなく。
○○はゆっくりと海底に沈んでいく。