マルコ
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※お題【ヒロインの気持ちに気付きながらも、エースを気遣うマルコに傷つくヒロイン】
美咲様から頂きました。
わたしは出口のない海を彷徨っている。
騒がしい朝の食堂。
食欲旺盛な男たちは朝から凄い量の朝食をとっている。その姿たるや、「こっちも負けられない!」と競いたくなる勢いだ。食堂には美味しそうな匂いが広がっている。
だが、○○はめっきり食欲が湧かない。
目の前にはいつもの熱々のホットケーキが置かれていて、それは見ているだけでも口内に唾液が溢れてくるようなものだ。
「………」
しかしそれにまったく手を付けることなく、騒がしい食堂の中、静かに席についているだけだ。食べなきゃだめよ、と手に持ったフォーク。そのフォークはホットケーキに突き刺さることなく、がじがじと
イヌイヌの実モデル“狼”の能力者である○○。
こんなところをサッチに見つかれば、「○○っ! またお前は飯も食わずにフォーク齧って……。今度折ったら許さねェからな」と怒るに違いない。狼である○○の犬歯は変身せずとも鋭く尖っている。そのため少し噛んだだけでフォークが折れてしまうのだ。
そのことで何度サッチに怒られたことか。その度、この癖を直そうと思うのだが。
(ああ……)
どうも感慨にふけってしまうと、無意識にフォークを齧ってしまうのだ。
(なんで上手くいかないんだろ……)
夕暮れに染まった小さな書類室。
踏み寄る女と一歩下がる男の黒い影。
昨日のことを思い出し、小さく溜め息をつく。
「何だ、食欲ねェのかよい?」
「!……マルコさん」
いきなり頭上から響いた心地よい声。朝食のサラダやパンを乗せたトレー片手に目の前に立つ、彼。そのマルコこそ○○の悩みの種であり、更には食欲不振の原因でもある。
けれどそれを知ってか知らずか。
「一体なにがあったてんだい?」
と言いながら首を傾げるのだった。あなたが原因ですよ、とは絶対にいえず、「なんでも、ないですよ」と笑って見せた。
すると「そうかよい?」と疑いながらも納得したようだ。それが本当に気付いていないのか、“ふり”をしているだけなのか○○には分からない。しかし、マルコはいつもと何ら変わりなく目の前に座るのだ。
彼はいつもわたしの隣には座らない。
けれど、
「………」
いつも目の前に座るのは、何故なのか。
ひとつの長い机を挟んだこの距離こそ、マルコとの距離を表しているようだ。そんなに距離はないはずなのに、ひどく遠くに彼を感じる。
(ねえ……どうしてなんですか?)
いつもあたたかい目でやわらかい声で、優しい指先で……接してくるのに。核心的な言葉を与えようとすると目を逸らすのだ。
昨日もそうだった。
調べ物をしようと入った書類室。夕暮れのオレンジ色に染まる小さな部屋。数えきれない程の本が並んだその部屋に居たのは、少女の頃から慕っているマルコだった。
マルコさん、と呼ぶより先に部屋に入ってきた音で気付いたのだろう。顔を上げたマルコと目が合った。それだけでもときめくというのに、「○○」と微笑まれたらそれはもう……頬も赤らむというもので。お前も調べ物かよい?、という言葉に小さく頷く。
そうしてどれぐらい話していただろうか。
ふと途切れた会話。部屋に響くのはお互いの吐息と、衣擦れの音。あとは……自身の高鳴る心臓の音。会話がなくなれば、マルコの“近さ”を実感してしまう。どくどく…と鼓膜までが甘く震えだす。マルコのことが本当に好きで好きで仕方ないのだと感じた。
だから…何年も胸にしまっていた気持ちを吐露しようと思ったのだ。
顔を上げれば、彼もこちらじっと見つめていたのだろうか。ふいにぶつかった視線に顔が赤らんだ。
意を決して。
マルコさん、そう一歩踏み出したのに。
肝心な言葉を口にする前に伸ばした手の向こう、マルコが一歩下がる。それも気まずそうな顔をして、だ。それに傷付かないわけがなかった。まるで“この先”を拒むかのようなマルコの行動。胸は激しく痛めつけられ、拒絶された手が彷徨う。
それでもなお気付かないふりをしたいのだろうか。
そういえばよい……、と何でもない話をし始めたマルコ。悲しむ間も泣くことも出来ず、ただマルコの話に合わせて相槌を打つ。よそよそしい話、空気、距離、全てが○○を傷つけた。
大好きなマルコとこうしてふたりきりで話しているというのに。
それはまるで地獄のような時間だった。
(昨日のことはなかったことに……するんですか?)
こうして“いつも通り”目の前で朝食を食べている、ということはそうなのだろう。けれど、自分は器用ではない。そう…目を伏せる。
マルコが昨日の事を無かったことに、“気付かないふり”が出来たとしても、○○はきっと気まずさを醸し出してしまう。隠そうとしても出てしまうだろう。
(昨日のことは絶対に…忘れられない)
○○はまた無意識にフォークを噛む。
忘れようとしても忘れらないだろう。あの…伸ばした手を避けたマルコを。
カリリ……とフォークが悲鳴を上げたとき。
「○○、フォーク噛むなっつったろ」
「……エース」
ガタッ、といつものように隣に置かれたトレー。その上に乗っている朝食も“いつも通り”だ。寝起きの声のまま「サッチに怒られんぞ、」と言うエース。彼もまたいつもと変わらず隣に座るのだ。
寝ぐせのついた頭のまま、くあ~っと欠伸をするエース。
彼はいつもわたしの隣に座る。
「……」
目の前のマルコの隣ではなく、わたしの隣に。
マルコよりも近い距離。
少し身じろぎをとれば手が、脚が当たってしまう近さ。それは“親友”を表している。この船の中で一番仲が良いのはエースだ。○○にとってエースが“親友”であるように、彼もそうであればいいのだが。
(気付かないフリしたい……)
このままで居たい、という気持ちはマルコも同じなのだろうか。親友のままでいたい、という○○の気持ちと、“昨日の”エースの気持ちは……交えないほど真反対で。
(エースも昨日のことはなかったことにするの?)
ふたり、そうした方が都合の良いことは分かってる。
昨晩。
実はマルコとの一件のあと、モビー・ディック号では宴が開かれていた。何でもエースたち二番隊が勝利と共に財宝を持ち帰ったらしい。傷ついた心を何とかなだめ、部屋を出るとすでに宴は始まっていた。べろべろに酔っているのだろう。○○っ、とエースが大きな声で自分を呼ぶ声が聞こえた。
エースを囲む輪、その中には当然マルコの姿があった。
この暗闇で表情がはっきりと分かるはずもない。しかし、それでも何故かぶつかった視線。泣いていたと気付かれるのが嫌で、不自然ながらも目を逸らした。
珍しくエースはかなり酔っていた。○○の腕をいきなり掴んで「おれはもう、眠い」とだけ言った。最初は首を傾げていたものの、「ああ…連れてけってことね」と納得する。周りも主役であるエースをおいて楽しんでいるようであったし、休ませても構わないだろう。仕方がなく肩を貸し、エースを引きずるように部屋まで連れて行く。たちの悪い酔っ払いだ。ああ重いっ、とベッドに寝かせた。
宴には戻らず、もう自室で眠りにつこうと……立ち上がろうとした瞬間。
ふいに腕が伸びてきて、なに?と声を出すよりも先に、その腕が○○の身体を捕えた。エースに後ろから抱き締められ、あまりの事に否応なしに心臓が高鳴る。逃げを打とうとすれば「…○○…」、ときつく抱き締められる。エース…と彼の名を呼ぶ声は震えていた。
エースに好かれているのではないか、と気付いたのは少し前。
彼が白ひげ海賊団二番隊隊長になった頃、だったか。最初は何も気付きもせず、ただ普通に親友として接していた。だがふとしたときに気付いてしまったのだ。以前とは違う目線に。背中に集まる視線、見つめる瞳の奥……揺らぐ焔。
○○気付いたが、知らないフリをしていた。
エースとは親友でいたい。それにエースが好きだって言ってきたわけじゃないし、と自分にそれらしい言い訳をした。けれど実際○○が好きなのはマルコただひとりだ。例えエースが好きだと言ってきても……応えることはできない。
それなのに。
「○○、……好きだ」という言葉が部屋に響いた。エースの声は切ないようで、それでいて熱く……この胸を締め付けるのだ。思いがけない告白に、そんなの聞きたくないよ…と身勝手ながらも首を横に振る。
真剣な声音のエースを、「よ、酔ってるよエース」という言葉で誤魔化した。早く寝て、ね?と強引に腕を引っぺがして彼を布団の中に押し込める。
そして逃げるように部屋を出たわけなのだが……。
「お前の噛む力は人と違うんだからよ」
にっと笑う顔はいつものそれと何ら変わりない。逆に“抱き締められた”○○だけが辺に意識してしまっている。無理に笑おうとすれば犬歯がフォークにぶつかる。
(昨日のは酒の勢いだって……そういうことでいいの?)
そうしてくれた方が有難い。しかしエースも傷付いたことだろう。好きだという言葉に対して“酔ってるね”と返されたのだ。
(わたしだって……マルコさんのことは言えない)
気まずさに避けてしまったマルコ。
気まずさに部屋を飛び出した○○。
どっちだって一緒よ……、とカリリとフォークを噛めば。
「だから噛むなって」
「っ!」
不意に手首を掴まれた。それは○○を咎めようとしただけなのだが、昨日のエースの腕のあたたかさ、胸板の感触を思い出してしまう。急に染まった頬、跳ねあがった身体。
恥ずかしい、と思った瞬間。ガキンッ、という鉄が折れる音がして。
「あ……」
ボロ、と折れたフォークが床に落ちる。手に持っているフォークは既に“鉄の棒”でしかない。あー……と感嘆の声を上げていると。
「ほら!言わんこっちゃねェ」
呆れたように溜め息をつくエース。
それはとんだ八つ当たりだと分かっていても、
「……エースが驚かすからじゃない、もー…」
そうふくれるしか出来ない。
おれのせいじゃねェよ、という言葉と共に退いていったエースの手。それがどこかよそよそさを感じたのは、ただの勘違いなのだろうか。これ以上深く考えると本当、色んな意味で駄目になってしまいそうだ。
知らないふりをして、床に落ちたフォークを拾う。それは最早修繕不可能な程にボロボロだった。サッチに怒鳴られるのは免れないだろう。何てついてない日…と、小さく溜め息をつく。
「サッチさんの所、行ってくる」
謝らないと、と席を立てば何を思ったのだろうか。今の今まで黙って○○とエースと会話を聞いていたマルコが席をたつ。
もうごちそうさまなのかな、と首を傾げていると。
「おれも行くよい」
「え……?」
思いがけないマルコの言葉に思考は停止する。
「お前は言い訳が下手だからなァ…。おれが上手いこと言ってやるよい」
「………」
逃げるのに追う男。
その優しさは辛くて苦しいと分かっているのに、○○は微笑まずにはいられないのだ。