マルコ
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※ベン×○○→←マルコです。ご注意を。
赤髪海賊団レッド・フォース号に並ぶように、島に停船したモビー・ディック号。竜と鯨を模ったその船の間に架けられたひとつの橋。男たちが嬉々として敵船であるモビー・ディック号に乗り込むのを、○○は溜息をついて傍観していた。
「こんなの…聞いてない」
「なにか問題でもあるのか、○○?」
ずい、と顔を寄せて「ん?」と答えを催促してきたのは、我らが船長赤髪のシャンクスだった。それは心配をしている顔ではなく、何か言いたげな○○をただ単純に面白がっているのだろう。急遽決まった宴に皆嬉しそうにはしゃいでいるのに、ひとり不服そうな顔をしているのだ。彼が首を傾げるのもおかしくはない。
「ない……けど」
「ならいいじゃねェか。久しぶりの宴だ、ぶすっとしてちゃ美人が台無しだぞ」
そんなにぶすっとした顔をしていただろうか。
うるさいなあ、とそっぽを向けば「可愛い奴だなァ」とシャンクスが頭を撫でてくる。それをあしらっていると、○○とシャンクスのやり取りを遠巻きに見ていたのだろう。ベンが「なにやってんだ」と厭きれたように○○の腕を引いた。そして気乗りのしない彼女を半ば引きずるように橋を渡っていく。
白ひげの船員もこちらの船員と同じなのだろう。○○たちがモビー・ディック号につくと既にお祭り騒ぎだった。浮かない顔しているのは○○だけだ。
(大体なんで四皇同士で宴するのよ…)
ありえないでしょ、と溜息をついたところで状況が変わるわけでもない。いくらシャンクスのお気に入りである○○が頼み込んだとしても、宴がなくなるはずもない。いっそのこと仮病でも使っていればよかった、と心底後悔する。だが仮病を使ったところで“彼”に見つかるのは目に見えていた。
そんな彼女を見てどう思ったのだろうか。ベンがそっと耳打ちしてくる。
「いい男がいても目移りするなよ」
胡乱な目つきでゆっくりとベンを見つめる。
ベンはふざけているようではなかったし、そもそも冗談を言うタイプじゃない。本気で言っているのだろう。それは仲間としての言葉か、恋人としての言葉か。
どちらにしても一緒だ、と○○はベンから目を逸らし呟くように答えた。
「…馬鹿なこと言わないでよ」
そう言うと「ならいいんだ」と○○の肩を抱いていたベンの手が離れた。
程なくして主役であるシャンクスがモビー・ディック号に乗り込み、辺りは歓喜に包まれた。それを面白くなさそうな顔で見ているのは確かに自分だけだった。
シャンクスと白ひげは酒を注ぎ合い、大声で笑っている。思い出話に花を咲かせるふたりをまるで他人事のように見ていると、ふとどこからか視線を感じた。
「……」
“彼”の姿を見つけてしまう。
だからこの宴には反対だったのよ…と小さく溜息をついた。
何が嬉しくて“昔の男”に会わなければいけないのか。今更何か言いたいわけではないのに、またこうして出会ってしまった。できることならあなたとのことは誰にも言わず、墓場まで持っていく覚悟だったんだけど。そんな風に思いながらその眼をじっと見つめる。
(マルコ…)
こうして生きて再び会えるなど、これっぽっちも思っていなかった。彼と最後に会ったのは、○○が少女で、マルコが少年と呼ばれていた頃だ。お互いに歳をとり、それなりに姿も変わった。けれどその燃えるような眼は、あの頃と同じだ。海のように静かで、透き通るようなターコイズの瞳。その奥に揺らめく焔が垣間見える。
周りの男たちはジョッキを高く突き上げ「乾杯!」と叫んだ。その間もふたりは静かに対峙していた。
しかし、何を思ったのだろうか。マルコがこちらに近づいてくる。○○はそのマルコの行動を受け入れる気はさらさらなく、素っ気ない素振りで踵を返した。
「○○?」
ベンに名を呼ばれたが○○は振り返らなかった。それどころか、群がる男たちに紛れるように、足早に宴を後にした。
(会うべきじゃない。あなただってそう思ってるでしょ? だって今更じゃない。そう…今更よ)
五つ違いのマルコと○○。
貧しい街に生まれ、いつかふたりでこの島を出ようと言っていた。
自由など一切ないこの孤島で、海賊は自由の象徴だった。
明日の我が身でさえ危ない、この掃き溜めのような街。その中で生き残るには物を盗むしかない。
海賊たちの暴虐無人に振る舞う姿。それは○○に嫌悪を与え、一方でマルコに夢を与えた。言われてみれば力づくで欲しい物を奪う海賊と、命のために犯罪を起こす○○たちは大して変わらない。けれど、○○は女たちを奴隷のように扱う彼らのことが嫌いだった。マルコは「あんな海賊ばっかじゃねェよい」と言った。
確かに海賊らしからぬ親しみやすい男たちもいた。しかしそんなものは一部に過ぎない。大半は我が顔で街を荒らし、物資に乏しいこの島から資源を奪っていくのだ。○○は心優しいマルコがそんな“野蛮な海賊”になってしまうのではないかと、怖くて仕方がなかった。だからマルコが「おれはそんな海賊にはならねェよい」約束する、と抱きしめてくれても上手く頷けなかった。
マルコさえ傍に居れば、このまま貧しかろうが何だろうが構わなかった。けれどマルコは「財宝持って帰ってくるからよい」と微笑むのだ。
財宝もお金もいらないから傍にいて。
本当はそう言いたかった。けれどマルコが“幸せにしたい”と思ってくれていることを分かっていた。彼を愛しているからこそ、夢を叶えさせてあげたい。それを阻む重荷にはなりたくなかった。ついに出向の日を迎えても、それは言い出せなかった。
「帰ってくる」というマルコの言葉を○○は信じていなかった。今はそう思っていても、海は広いのだ。マルコの心を奪う財宝も、○○よりも美しく綺麗な女も数えきれない程いるだろう。それを知ったマルコがわざわざこんな廃れた、世界の終りのような所に戻ってくるとは思えなかった。
これが最後の別れだと思っていた。
そして程なく、あの事件が起こったのだ。
「○○」
後ろから呼ばれたが振り返ることなく、足早に先を急いだ。しかしボッと青い焔が爆ぜたかと思えば、目の前にマルコが立っていた。噂の“能力”を使ったのだろう。彼の肩はいまだ燃えていた。
「おれが知ってる○○は、おれの顔を見て逃げるような女じゃなかったよい」
「……わたしが知ってるマルコは、去る人を追うような男じゃなかったわ」
「それは○○以外、だろい」
「…」
確かに、些細なことで腹を立て、「もうこれっきりよ」と○○が姿を消しても、マルコは必ず探し出してやって来るのだ。どれだけ“いい女”が寄ってきても「興味ねェよい」と突っぱねるマルコ。その彼が「ここに居たのかよい」と焦ったように駆け寄ってくるのだ。それに深く愛を感じていたなんて…。当時も言えなかったが、勿論今更言うつもりもない。
「……昔の話よ」
観念して、小さな溜息をつきながら壁に背を預ける。その姿をどう思ったのだろうか。片眉を上げ、ニヒルな笑みを浮かべながら男はいけしゃあしゃあと言ってみせた。
「そうかい? おれにはつい最近のことのように思えるよい」
こたえることなく鋭い眼をやれば、わざとらしく肩を竦めてみせる。○○の知るマルコは意地悪な男であったが、こんな戯れのような言葉を使う男ではなかった。
もう子供じゃない。
そう分かっていたはずだ。それなのにこうして話していれば、まざまざと思い知らされる。もうお互い、あの頃のふたりじゃないということも。
あの時のただマルコを待つことしかできない、無力な自分に戻りたいわけではない。それなのになぜこんなにも湿っぽくなってしまうのだろうか。昔の話と笑い飛ばして宴へ戻ればいい。そう思う反面、この無意味なやり取りを続けていたい自分がいる。そんな自分に辟易するのに、マルコの言葉に耳を貸してしまう。一体自分が何を期待しているのか分からない。……いや、分かりたくもなかった。
そんな○○の心の内を知ってか知らずか、マルコは小さく溜息をついて腰に手をやった。その癖なおってないのね、瞬時に思い出した自分にまた失望した。
「それにしても意外だったよい。まさかお前が海賊になってるとはな」
「……わたしもいろいろあったのよ」
海賊になる、と眼を輝かせて海を見つめていたマルコの傍で、○○はいつも「わたしは海賊なんか大嫌い」と言っていた。あれだけ毛嫌いしていた海賊になったことに心底驚いているのだろう。
(ねえ、マルコ。あなたはこの宴のことを聞いたとき、なにを思ったの?)
胸に浮かんだ言葉を「くだらない」と一蹴した。何を思おうが今更関係ない。ましてやふたりはあの頃の少年少女ではない。わざわざあの頃の感情に囚われることはない。
そう思うのに、なぜだか胸を巣食われる思いに苛立っていると、マルコがくしゃりと自身の髪を混ぜた。
「○○、俺はあの街が焼かれたって聞いて……てっきり、お前まで……」
新聞か何かで知ったのだろう。あの島が海賊の手によって焼かれたのは、マルコが出て行って半年後のことだった。あれは海賊の一興にすぎなかった。いつものように何もない島からすべてを奪いつくし、若い女を縛り上げ、それ以外の人間は皆殺しにした。そして○○を含む島中の女たちを海賊船に押し込むやいなや、島に火を付けて回った。
世界の終りを垣間見たのだ。
海賊船が出向すると地獄は終わっていないのだと気付いた。そこは海上で、島から離れているというのに人が焼ける臭いが鼻についた。吐き気を催す臭いに実際に吐いている女もいた。そういう女は無残にも縛られたまま海へ落とされた。
○○は隙をみて靴底に隠していたナイフで縄を切り、見張りの男に飛びかかった。暗闇に乗じてひとり、またひとりと海賊らを殺していった。そうして海賊船には○○と数人の女だけが残った。あとは海賊たちの死体の山だ。
生き残った女たちを小さなボートに乗せ、近くの島へ行って海兵に助けを求めるよう伝えた。女たちは○○の腕を引っ張って「一緒に行こう」と言った。だが○○はそれを聞き入れなかった。それどころか死体の転がる海賊船の舵を取り、彼女たちを置いて海を進んだ。
この世の全ての海賊が滅びればいい。
復讐の心がこの身を駆り立てていたのだ。
いわゆる“海賊狩り”だ。シャンクスに拾われるまで○○は長年それを生業にしていた。あれだけ派手に新世界を荒らしていたのだ。もしかしたらマルコの耳にも入っていたかもしれない。
「死んだのかと思った? 死なないわよ、今までだってそうだったじゃない」
「生存者はいねェって報じられてんだ。いくらおれでも、“奇跡”を信じるほどガキじゃねェよい」
海賊にさらわれたときも、街のごろつきに囲まれたときも、必ずマルコの元に戻ってきた。それにマルコも必ず助けにきてくれた。マルコが○○を助けに来なかったのは、後にも先にもあのときだけだ。
「…あのとき、お前を連れて行きゃよかったと何度も後悔したよい」
「でもマルコはわたしを選ばなかった。それがこたえよ」
その言葉にはっと口を塞いだ。
「…ごめんなさい。今の、忘れて。つまらないことを言ったわ」
このままマルコの傍にいれば、余計なことまで喋ってしまいそうだ。立ち尽くすマルコを横目に去ろうとした。しかし腕を掴まれ、向き合う形となる。触れ合う部分からマルコの体温が伝わり、肌が粟立った。
そのターコイズの瞳は揺れていた。
「じゃあもしおれが一緒に来いっつったらお前! おれと、おれと……」
言葉を奪うように、背伸びをしてマルコに口付けた。突然のことに見開いたマルコの瞳には○○が映っている。短い口付けだったが、それは微睡みの中にいるように濃厚で、長く感じた。離れた唇が寂しい。
「わたしは…“マルコが知ってる○○”じゃないのよ。マルコだって“わたしが知ってるマルコ”じゃない」
そっと頬に触れる。本当はこの懐かしく、心地よい体温をいつまでも感じていたい。だが、あの時にふたりの道はハッキリと分かれてしまったのだ。
「傍にいたら……傷つくだけよ」
言葉をつむごうとマルコの唇が動いたが、○○は小さく首を横に振った。これ以上の言葉はふたりにとって無意味だ。踵を返し、マルコの元を去っていく。後ろ髪をひかれながらも、○○は足早に先を急いだ。
気が付くと涙が流れていた。それは○○の中でマルコへの愛が残っている証拠だった。会えばふたり辛くなる。もちろん、マルコが白ひげ海賊団に所属していることは、随分前から知っていた。だが、○○が彼に会いに行くことはなかった。今更マルコの重荷にはなりたくなかったからだ。その気持ちは今も変わらない。
(マルコ…ごめんね)
涙を指先で拭い、角を曲がる。するとそこにひとりの男の姿があった。いつからそこにいたのだろうか。壁に寄りかかり、煙草の先には紫煙が揺れていた。足元には吸殻が転がっており、ここで○○を待っていたのだと気付く。
「ベン…」
名前を呼ぶと、ゆっくりとこちらに視線をうつす。怒っているわけでも、悲しんでいるわけでもないその表情。シャンクス同様、付き合いは長いが、深い関係になった今でもベンが何を考えているのか読めない。
宴の騒がしさが聞こえてくる。
その喧騒の中、ここだけが静かで重い空気だ。
「話は終わったのか」
「……聞いてたの?」
「自分の女が他の男と訳あり気に話してるんだ。気にならない方がおかしいだろう」
「……」
「後悔してるのか」
「……してない。ベンとシャンクスがいなかったら今頃わたし、そこら辺でくたばってるだろうし」
煙草を床に落とし、靴底で踏みつぶす。常に煙草を吸っているベン。その彼が煙草の火を消すことは、“何か”の予兆である。それを知っていたが、ベンの瞳に捕らわれ、動けなかった。腕を取られ、とんっと壁に押し付けられた。○○の髪をすくベンの指先はひどく冷たい。
「おれとこういう関係になったこともか」
「ベン……やめて」
顎を掴まれ、近づいてくるベンに顔を背け胸を押した。だが、手首を掴まれ身動きがとれない。ベンの瞳の奥には、嫉妬の焔が揺らめいていた。
「お前はおれのものだ」
そして何もかもを奪い尽くすように、ベンは荒々しく○○に口付けた。
【昔の男】
…――本当は戻れるなら、あなたの知っているわたしに戻りたい。
fin.
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