マルコ
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あなたがわたしをさらった時のことを、わたしは今でも鮮明に覚えている。
不寝番の○○はデッキに仰向けに寝転がっていた。
こんなところを隊長兼恋人であるマルコに見られたら、「まじめに仕事しろよい」と小言を言われるに違いない。ただそのマルコも今夜は不寝番だ。「ちょっと見てくるよい」と不死鳥の姿になり、先ほど船を飛び出していった。
目の前に広がる星空は瞬きすら忘れさせる。
不死鳥が星空を横切る。点々とした星空の中、マルコの青い焔が流れ星のように流れていく。その美しさはとても口では言い表せないほど神々しく、人間がどれだけちっぽけな生き物なのか改めて感じた。
青い焔がぽたりと頬に落ちた。
(まるで…あのときと同じ)
その光景にデジャヴをおぼえた。
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そのとき○○はうんと幼くて子供だったし、マルコもうんと若くて青年であった。
○○は親を見たことがない。この島に捨てられた子供たちは、同じく親に捨てられた過去を持つ大人に育てられ、またそういう人間が集う掃き溜めのような場所で暮らしていた。日々盗みを働き、成功したときだけ食べ物にありつける。○○もそうして生きてきた。
ただ、今回は財布を盗んだ相手が悪かった。
自分たちと同じ薄汚い格好にただの“中年のおやじ”だと思っていた。しかし相手は海賊であった。財布を盗った瞬間、腰にさしていた銃で腹部を撃ち抜かれる。だが、それで倒れる○○ではなかった。ナイフを振りかざし、一回、二回と胸に刺す。やらなければ殺される。恐怖が○○をかりたてていた。
ここは崖っぷちだ。
突き落とせば、這いあがってはこれない。痛みにあえぎ苦しむ海賊に手を伸ばした。しかし、最後の力を振り絞ったのだろう。肩を思い切り突き飛ばされ、○○は崖から落ちていった。
間違いなく死んだと思った。
だが、目を覚ますとそこには森が広がっていた。辺りには折れた枝が散乱している。木々がクッション代わりになったのだろう。この高さから落ちたのに、奇跡的に生きている。いっそ死ねたらよかったのに生き長らえてしまった。
撃たれた腹部がドクドクと脈立つように痛み、脂汗が額を流れる。傷口をそっと触ると手が真っ赤に染まった。このまま処置をしなければ間違いなく死ぬだろう。
(あっけなかったな…)
わたしの人生、と苦笑する。
不意に上空を大きな青い鳥が横切った。その鳥は青い焔で燃えていた。見間違いかと思ったが、そうではなかった。確かに青い鳥が辺りを見回すように大きく円をかいて飛んでいる。
捨てられていた本で読んだことがあった。
あれは“幸せの青い鳥”だ。
今まで“幸せ”を手に入れたことのない自分に、最後に幸せを届けに来てくれたのだ。間違いない、と○○は思った。こんな生き方だったが、せめて死に際は楽にしてくれるのだろう。
空から落ちてきた青い焔が○○の頬を撫でた。焔だと思っていたのに熱くない。
青い鳥は大きな翼をゆったりと羽ばたかせ、近くの木にとまった。そしてまるで観察するように佇んでこちらを見ている。
『…なにやらかしたんだよい?』
喋ることに驚いてはいたが、これは死ぬ間際の“幸せな夢”だ。何が起こっても不思議ではない。
『……海賊の財布を盗んだの。しかも多分死んでる』
あそこで、と崖の上を指差した。生きていればこちらに向かって罵声のひとつやふたつ、投げてくるはずだろう。だがそれが聞こえないのは死んでいるからに違いない。
『天国には行けないね、きっと』
痛みを堪えて小さく笑った。
するとそれをどう思ったのだろうか。
『それはお前が決めることじゃねェよい。おれが決めることだい』
何か良からぬことを考えるように悪い笑みを浮かべていた。
死んだあとのことはどうでもいい。せめて楽に死にたいだけだ。その為に“青い鳥”が来てくれたのだと思っていたのに、それはどうやら見当違いだったようだ。
『……じゃあどうするの?』
そうだなァ…、そう言いながら青い翼で顎を触る。
『お前、おれに第二の人生預ける気はあるかい?』
『……』
第二の人生ってなに?と思いながら小さく頷いた。すると青い鳥は嬉しそうに、「そうかい、そりゃあよかった」そう言って遠慮なく○○を背中に乗せた。
この青い鳥は楽に死ねるという“幸せ”を届けにきたのではい。もしかして、死者を“黄泉の世界”に連れて行く“天からの遣い”なのではないか。そうだ違いない、と○○は確信した。そして白ひげ海賊団の海賊船に連れていかれるまで、○○はずっとそう信じ込んでいた。
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「サボりかい、○○?」
いつの間に降りてきていたのだろうか。先程まで空を飛んでいた“青い鳥”が、悪い笑みを浮かべてこちらを覗き込んでいる。
○○は否定せず、身体を起こしながら小さく微笑んだ。
「ふふ、思い出してたのよ。マルコに拾われたときのこと。純粋な少女をよくも騙したわね」
するとマルコは少し驚いたような顔をみせ、いつものように髭を撫でた。
「……随分前のことだよい。それにおれは騙したつもりはねェよい、お前が勝手に勘違いしてただけだい」
「面白がってたくせに」
それは否定出来ねぇなァ、と笑うマルコ。
あの後、○○は傷が開くことも構わずにマルコに飛びかかった。自分がすっかりマルコを“天からの遣い”だと信じていたこと、そして“楽に死ぬ”ことを望んでいたのに生かされたこと。そのことに勝手ながら怒り狂っていたからだ。しかしマルコはからからと笑って「お前はおれに人生を預けたんだ。もう遅ェよい」と○○の頭を撫でたのだった。
マルコは「でもまァ…」と切り出してしゃがみ、がしがしと頭を掻いた。
「騙されて正解だったろい?」
そう言ってまるで少年のように、にっと笑った。
マルコはあの頃から変わらない。こうやってずっと○○の傍に居てくれた。
「そうね…。オヤジと皆に会えたこと、それに……」
マルコに寄り添うようにそっと頭を肩に乗せた。
「マルコを愛せたことがわたしにとって一番幸せかもね」
普段“愛”だの“恋”だのを口にしない○○から、よもやそんなセリフが出るとは思っていなかったのだろう。マルコは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
はー…、と深くため息を吐いたマルコ。
「お前はホントに……」
する、と頬に手を添えられる。
「愛しくてたまらねェよい」
ブルーバード
…――それはわたしに幸せを与え、愛を教えてくれた。
fin.