マルコ
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あれ以来、マルコとあまり関わらないようにし、何もかも忘れようとした。マルコもそれを望んでいるようであったし、○○もああ言われて今までと同じように振る舞えるわけもなく、必要以上に彼を遠ざけた。
だが、マルコが視界に入ると目を離せない自分がいる。すれ違えばその残り香に胸がざわめく。切り捨てたはずの恋心は確かに○○の中に残っていた。ただ、昔のような熾烈の炎ではない。これはくすり火だ。完全に消えてしまうか、それとも…火の勢いが増すのか自分でも分からない。
(わたしは確かに子供だった)
あのときマルコが「むやみに男の前で無防備な姿を見せるな」と言った意味が今なら分かる。それを理解させようと“あんな行為”を行ったことも。
ただあの時のマルコの言葉が棘のように深く巻きつき、今でも○○を苦しめる。それなのにまだ消えない恋心を消すように、酒をあおった。亡霊のようにつきまとうあの日の彼の姿を消したくて、好きでもない男と肌を重ねた。
停泊中夜な夜な船を抜け出し、○○が何をしているかマルコが知らないはずがない。ふたりの部屋は廊下を挟んで向かい合わせの場所だ。夜中と明け方にドアの開閉の音が聞こえれば、それが何を意味するのか考えなくても分かる。
昔は部屋が近いことが嬉しかった。ただ今は煩わしくて仕方がない。同じ船に乗っていて、なおかつ同じ隊の上司と部下だ。顔を合わせないようにすることは不可能だろう。
ただ一度だけ転機があった。
エースが二番隊隊長になったときだ。
自分より幾分か年上の○○を、エースは「姐さん」と呼ぶ。エースが船に連れてこられ、荒れていた時期に「バカなことはやめて早く素直になりなさいよ」といつも諭していたからだろうか。エースが本当の意味で船員になった頃には「姐さん、姐さん」と慕ってくるようになった。
そして二番隊隊長になったとき、「姐さんをうちの隊にくれ」とマルコに本気で嘆願したのだ。
○○はそのとき「マルコは頷く」と思っていた。二番隊は元スペード海賊団を主に構成されている。そこに白ひげ海賊団の古株である自分を入れるのは、バランスを取る意味でも得策だと思ったからだ。だがマルコは、「バカ言ってんじゃねェよい」と不機嫌を隠しもせずに突っぱねた。
(わたしのことが邪魔なら、そうすればいいのに)
きっとそうした方がお互いにとっていいはずだ。マルコがどう思っているのか分からないが、それでも“気まずい相手”であることに違いない。
そう思うのに、マルコは自分の隊から○○を抜くことはなかったし、勿論どこかの隊に移動させることもなかった。
お前なんか、そう口にしたくせに。
いっそのこと、酒に頼り男に汚れた自分をなじってくれたらいいのに。
○○はずっと恨めしい気持ちでいっぱいだ。マルコのせいだと叫んでしまいたい。
だがこれはマルコのせいではなく、ひとりに耐えきれなかった弱い自分のせいだと分かっているからこそ、ずるずるとこの状況を打破できずにいるのだ。
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明け方の赤く染まった静かな街中をひとり歩く。街は違えど、見慣れた光景だ。今日は片手に酒がない分、いつもよりマシだ。
街を抜け、うっそうとした森に入ると奥に海岸線がみえる。そこにモビー・ディック号が停泊していた。
静まりかえった船に乗り込むと、不寝番以外の姿は見えなかった。あまり眠たくはないが、今日はこの街を離れ次の島へと向かう予定だ。少しでも寝ておいた方がいいだろう。
不意に廊下にかけられた鏡を覗き込むと、そこには男物のワイシャツを着た自分の姿が映っていた。よく見ずに適当に手に取ったからか、間違えたらしい。安物の煙草の匂いがした。
(むなしい…)
はは、と○○の乾いた声が廊下に響いた。
こんなことを何度繰り返せば“あの時のこと”を忘れ、この恋心を手放すことができるのか。少女のとき、薄暗い自室で泣きじゃくり「大人になりたい」と思った自分。その自分は本当にこんな…大人になりたかったのだろうか。
「また朝帰りかよい」
「! …マルコ」
その気配に気づかなかったことよりも、声の主に驚いた。振り向くとそこには腕を組んで壁に寄りかかり、こちらを見据えるマルコの姿があった。
マルコがこんな風に口を出してきたのは初めてだった。知ってはいるがどうでもいいのか、それとも自分には言う資格がないと思っているのか。どちらにしても○○には関係ないことだ。
少なくともマルコにとやかく言われる筋合いはないはずだ。
「別に…今はじまったことでもないでしょ」
そう言ってマルコの横をすり抜けようとした。そうしなければ自室に辿り着けないからだ。
だが、驚くほど強い力で腕を掴まれた。
「いや、今日という今日は言わせてもらうよい」
「なによ、いまさらっ…」
腕を振りほどこうとするが更に引き寄せられ、マルコの身体を押し返した。久しぶりに手に伝わるマルコの体温に肌がざっと粟立つ。
「お前がそれでいいならって思ってたけどよい、今のお前はそうじゃねェだろい!」
「な…にがよっ」
「痛々しくて見てられねェんだよい!」
振りほどこうとしても離れないマルコの手に苛立ちながら、○○も感情のまま声を荒らげた。
「さっきから何なのよマルコ! 放っといてよ!」
「おい、お前ら朝っぱらから何騒いでんだ」
「サッチ…」
ふたりの激しい口論が部屋まで聞こえたのだろう。まだ眠たそうに眼をこすりながらサッチが部屋から出てきた。
第三者の出現に少し冷静を取り戻し、マルコの手を振り払った。マルコは何か言いたそうなまま、不機嫌も隠さず腕を組んでいる。
「…なんでもない。うるさくしてごめんね」
「ならいいけど…。日が昇ったら出向だぞ。お前ら早く寝ろよ」
サッチはそう言い残し、あくびをしながら部屋に戻って行った。
ふたりの間には静寂がながれていた。
マルコが何を考えているのか、まったく分からない。何にしてもマルコのペースに流されるわけにはいかない。そうしなければ、今度こそ本当に立ち直れなくなる。
はあ、とこれ見よがしに溜め息をつき腰に腕をやる。
「…わたしは、大丈夫よ。いつもと変わらないわ。それともなに? “大丈夫じゃないわたし”をあなたが救ってくれるの?」
マルコを突き放そうと、わざと馬鹿にするような言い方をした。ただマルコは怒るわけでもなく、ただじっと○○の言葉をきいていた。それが余計に怖かった。彼に言葉を与えないよう、更に畳み掛けるように言葉を重ねた。
「わたしはマルコの気まぐれなんかに付き合っていられないの」
これは○○の行動を見るに見かね、溜まりに溜まった苦言を“隊長”として言っているのだ。それ以外の意味はない、そう自分に言い聞かせた。
「あなただって“お腹がすけば”なにか口にいれるでしょ。わたしだってそうよ。その時々で“都合のいいもの”を食べてるだけ」
今まで黙って聞いていたマルコの眉がぴくりと動いた。
マルコの怒りに触れたのだろう。
「…おれはお前をそんな“都合のいいもの”みたく、扱ったりしなかっただけだい」
そう低い声で言った。
動揺する心を隠しきれない。じっとこちらを見据えるマルコの眼とは対照的に、○○の眼は揺れ動いていた。絶対に動じないと誓ったのに、言葉ひとつでいとも容易く揺さぶられている自分が憎い。
「じゃあ酒も男もやめるわ。その代わり、マルコが抱いてよ。わたしはもうそれでしか満たされないの」
その気にもならないと突っぱねたマルコに、そんな真似ができるわけがない。そうでしょ、と○○はマルコをじっと見据えた。いくら隊長といえども、そこまでする義理はない。
「分かったよい」
たが、予想を反してマルコは静かに頷いた。
「お前、おれのこと勘違いしてないか? おれがあの時お前を抱かなかったのは…」
「やめてよ!」
こんなのは自分の首を絞めているだけだ。試す様な真似をしなければよかった。
今更なにを聞いても、もう遅い。マルコをただ想うだけの純粋な自分にはもう戻れない。
はは、と乾いた声で笑ってみせた。
「もういい…冗談に決まってるでしょ。本気なわけないじゃない」
マルコの唇が何か言いたそうに動いたが、気づかないふりをして踵を返した。
マルコが追ってくることはなかった。
それでもマルコの部屋の真向かいにある自室に戻る気は起きず、いつもと反対方向へと向かう。船体の一番端にあるエースの部屋だ。ノックもせずに扉を開けると、○○の気配に気づいたのだろう。むにゃむにゃ言いながら「姐さん?」と半身を起こした。特に何も返事をせず、勝手にエースのベッドに潜り込む。さすがに驚いたのだろう。「ど、どうしたんだよ姐さん」とエースが肩を揺すってくる。「今日だけ、ここで寝させて」とシーツに顔を埋めると、何かあったと悟ったのだろう。エースは短い返事をして、自分のタオルケットをそっとかけてくれた。
(…もうこりごりなのよ)
エースの太陽のような香りに包まれてそっと瞼を閉じる。
(これ以上わたしの心をかき乱さないで…)