マルコ
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(ああ…またやっちゃった)
ここがどこかも分からない。隣ですやすやと寝ているのは船の男ではない、見知らぬ男だった。上半身を起こすと自分が何ら身に着けていない素の状態だと気付く。
窓の外は朝の四時ぐらいだろうか。朝焼けで町が赤く染まっていた。
また“いつものように”飲み過ぎたのだろう。ずきずきと痛みだした頭を抱え、髪の毛をぐしゃりとかき混ぜた。
いけないことだと分かっている。
記憶が飛ぶまで酒を飲み、見ず知らずの男と肌を重ねる。
…――…子供のお前になんか、その気も起きねェよい。
その言葉にずっと縛られて“大人”になる方法がこれしか思いつかなかった。馬鹿な女だ。親指の爪をカリ…と噛んだ。
あれから何年経っただろうか。
○○はいまだあの呪縛から逃れられないのだ。
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○○が少女といわれていた時には白ひげ海賊団の一員であった。その頃すでに一番隊隊長であったマルコの元鍛錬を積んでいた。そんな○○はしょちゅう訳もなく隊長のマルコの部屋に来て、彼の傍を離れなかった。マルコは「お前はまた…」と呆れた顔を見せるものの、無理に追い出そうとはしなかった。それをいいことに遠慮なくマルコに甘えていた。
要するに淡い恋心である。
大人のマルコは自分のことを“子供”としか見ていない。そう分かっていたからこそ、その“子供”の特権を活用してマルコに抱きついたり、「一緒に寝たい」と我ままを言ってマルコを困らせていた。
そんなある日のこと、いつものようにマルコの「仕事中だよい」という言葉を無視してずかずかと彼の部屋に入っていった。マルコは相変わらず呆れていたが、仕事が忙しいのだろう。木製の仕事机には書類がこんもりと盛られている。眼鏡をかけている時は大概仕事に追われているときだ。
そうして何をするわけでもなくベッドに腰掛け、脚をぷらぷらさせて彼をちらりと盗み見するのだ。
この恋心がいつからのものか、もう覚えていない。きっと「こいつはおれの隊にくれ」と腕を引っ張られたときからだと思っているのだが。
ぽふっとベッドに転がるとマルコの香りがした。前に香水を付けているのかと訊いたことがあったが、「色男じゃあるまいし、そんなもん付けねェよい」と言っていた。なのになぜこんなに良い匂いがするのか。マルコの匂いはいつも○○の胸を甘く締め付ける。
「……○○」
不意に名前を呼ばれ体を起こすと、マルコが手に持っていたペンを机に投げた。勿論、いつものように呆れ顔だ。
「いい加減その癖なおせよい」
「くせ?」
首を傾げるとマルコはがしがしと頭をかき、これ見よがしに大きく溜め息をついた。
「男の部屋でむやみに寝転ぶんじゃねェよい」
「なんで? いいじゃない、別に」
その時はまだ純情な少女であった○○にマルコの言葉の意味が分かるはずもなかった。そうは言ったものの、マルコも○○が理解できるとは思っていなかったのだろう。「何つったらいいか…」と髭の生えた顎を撫でていた。
しばらく何かを考えるように黙り込み、眼鏡を外した。海のように澄んだターコイズの瞳がこちらに向けられた。
「○○」
いつもとは違う声。どっと心臓が痛いほど跳ねた。
マルコが何を考えているのかまったく見当もつかない。
重たい腰をあげマルコがベッドにやってくる。その間も○○は指一本ですら動かせなかった。
ギシ、と片膝をベッドに乗せるとその重みでベッドが揺れる。だが、首筋に置かれたマルコの熱い手に比べれば大した問題ではなかった。
「ベッドはな、こうして使うもんなんだい」
「マル…っ!」
ベッドに押し倒されたかと思うと、どうする暇もなくマルコが覆いかぶさってくる。
確かにじゃれて背後から抱きついたこともあった。だがいま以上、マルコを傍に感じたことなどなかった。
サッチから聞いたことがある。大人の男女はベッドで一緒に寝る、ということを。一緒に寝て何が楽しいの?と聞くと、「お前何も知らねェんだな~。大人の男と女じゃねェとできないことがあるんだよ」と教えてくれたのだ。どんなことをするのか知りたかったが、「サッチお前くだらねェこと教えるんじゃねェよい!」とマルコの鉄拳がサッチに直撃してしまったため、その先を知ることはできなかった。
それが今マルコが行おうとしている行為なのだろうか。大人の男女しかできないと言っていた。つまり子供扱いをするのはもうやめたということなのか。それに嬉しさを感じつつも、いつもと違うマルコに何故か強い恐怖を感じていた。
「マルコっ、あ!」
その手から逃れるようにシーツを手繰り寄せたが、脚を掴まれ引き寄せられる。服が捲れあがって下着も見えていたが、それを気にする余裕はなかった。首筋に顔をうずめ、吸うように口付けられる。
そのえも言われぬ初めての感覚に太腿が震えた。
それをどう思ったのだろうか。マルコの手が○○の太腿を撫でた。先程と同じぞくっとした感覚に思わず脚を閉じてしまう。しかし、それは許さないのだろう。マルコの手が強引に割りさいた。
マルコは何も言わない。
ただ怖い顔をして○○の身体の自由を奪い、よく分からない感覚にさせる。
首筋を這っていた唇は鎖骨に下り、そして肌蹴た胸元へと向かう。
「んっ!」
この先どうなるのかなんて分からない。怖くてぎゅっと目をつむると涙が頬を流れた。
すると、何か思いたったようにマルコが起き上った。そしてベッドに腰掛け、何もなかったように乱れた服を直し始めた。○○はというと、何が起こったかまったく理解できないままのろのろと起き上り、自身のよれた服をぎゅっと握りしめた。
「マ、ルコ…なんで…」
なんで止めたの?と口に出して言えなかった。
大人の行為ができると喜びつつも、恐怖が勝ち逃げをうった。だからマルコは手を止めてしまったのだろうか。何も答えないマルコに嫌われたと思い、胸がずきりと痛んだ。
ただ、○○が言いたかったことはマルコにも伝わったのだろう。
「…子供のお前になんか、その気も起きねェよい」
こちらに背を向けたまま彼は低い声でそう言い放った。
まるで時が止まったように言葉を失った。その言葉ひとつで淡い恋心は砕け散り、それを抱いていた自分自身さえ否定された気がした。
身体は小刻みに震えていた。けれどマルコがいつものように優しい言葉をかけてくることはなかった。
「分かったらもう二度とこんなことするんじゃねェよい」
それどころか、更に突き放すようにそう言った。
崖から突き落とされたような絶望を感じながら、○○は決して泣かなかった。あまりの衝撃に涙も出なかったのだろう。そうでなければ好きな人に“ああ言われて”泣かないはずがなかった。
そして無言で佇むマルコを横目に部屋を飛び出した。
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(くだらない…)
恋とは本当にくだらないものだ。
たったひとつの言葉に縛られて、それを今でも忘れられずにいる。
溜め息をつき、床に散らばった服を拾い上げる。袖を通すとひんやりとした感触が肌に伝わった。
あれから何年経ったか。
この何年かの中で酒を覚え、死を覚え、男を覚えた。
けれど根本的なところは昔からちっとも変わっていない。
大人になるための服、大人になるための化粧、大人になるためのセックス。あのとき知りたかったことを知り、大人と呼ばれる年齢になったはずだ。それなのに、ふと手元をみると何も得ていないのだ。
今夜もまた、ベッドに寝たままの男を尻目にそっとドアを開けた。