デフォルトは「水無月咲涼(ミナヅキ キスズ)」となります。
その他【短編詰め】
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これで俺がいちばん?
自分で言うのもなんだけど、私はモテる方だ。男に告白されたことなんて数え切れないほどあるし、街を歩けば視線を感じることもしばしば。中にはイケメンも居たから、お茶くらいならしてもいいなって思ったこともある。実際にしたことはなかったけど。
私には、彼氏が居るし。
「──しょーたろ、」
「何だよ。俺、今からツーリングなんだけど」
体育のアゴにやられた頬を軽く擦りながら、正太郎は突っぱねるように言った。ツーリングに行くのは分かる。だって今まさにバイクに跨っているんだから。スタイリッシュな真紅のバイクにね。だから、そんな風に苛立った顔で話すのはやめてよ。
私達、恋人でしょ。
──付き合うきっかけは何だったっけ。確か、私がナンパされてるところを正太郎が助けてくれた。それで……顔が好みだったし、そこでお別れなんてもったいない! 少しくらい話したい! って思った私は、お礼にお茶でもしませんか~なんて尤もらしい言葉を並べた。慌てすぎて支離滅裂な言動だった記憶があるけど、正太郎は笑いながら頷いてくれたから嬉しかったな。
後になって分かったことだけど、正太郎はナンパ目的で私を助けたみたい。困ってる女の子を他の男から助けてあげれば、自分の株は上がるし話すきっかけを作ることもできる。しかも私はお礼を兼ねてお茶に誘った。彼からしたら僥倖、まさに棚からぼたもち。あるいは全て計算の上だったのかも。
そんなこんなで私達は仲を深め、正太郎の告白で恋人同士になった。
いや……告白とは言えないかも。知り合いの男の子と歩いてるところを正太郎に目撃されて「俺の女なんだから他の男とつるむなよ!」なんて言われて初めて「あ、私って正太郎の女だったんだ」って認識したんだから。
好きだ、付き合ってくれ。そんな言葉はなかった。なかったけど、それも正太郎らしいと言えばらしい。だから不満はなかったし、正太郎の隣を歩けるのは私だけなんだと思うと誇らしかった。
でも彼は、出会ってから時間が経つにつれ、私の扱いがおざなりになってきた。
学校が違うと会える時間なんて少なくて、ましてや正太郎はこうしてバイクを乗りまわす不良少年だし。それが原因で校長にお呼び出しを食らって、体育教師に“指導”されることも多い。
少しでもいいから話したくて、せめて顔だけでも見たくて……こうやって通い妻のように正太郎の元へやって来ている私。そんな私を、彼は邪険に扱う。
島くん達とひとっ走りするから。春木屋で飲んでくるから。今日は疲れたからさっさと寝る、…………。
何かと理由をつけては、私との会話を切り上げようとしていた。私と話したくない? 嫌われた? 気のせい? 考えすぎ?
毎日毎日、布団の中でぐるぐる考え込んでいる。頭がおかしくなりそう。最近じゃ、夜が来るのが怖いほど。
「あー……ごめんね、邪魔しちゃったね。楽しんできて!」
「ン」
正太郎は素っ気ない返事をすると、ゴーグルをつけて振り返らずに走っていってしまった。
理解のある彼女、みたいなツラした自分が情けない。
「ほんとバカみたい。笑っちゃう……」
バイクチームの仲間を優先するのはいい。私よりも長い時間を共に過ごしているんだから、そちらを優先するのは当然のことだ。とはいえ、私のことも気にかけてくれたっていいんじゃないだろうか。釣った魚に餌はやらないってこと?
それでも離れられないんだから私ってほんとバカ!
自分自身に対する苛立ちで叫びたくなったが、人目があったのでぐっと耐えた。偉すぎ。
もういい! 今日は甘いものでも食べに行こ!
ヤケクソで街へ繰り出した私は、思いつくまま、胃袋の許すままスイーツを食べまくった。普段ガマンしてるんだから今日くらい良いでしょ!
もうさすがに無理! ってくらい食べた後は、腹ごなしにウインドウショッピングをした。学生の身分では買えないけれど、見るだけならタダだし。将来こんなのを買えるようになりたいな~と夢見ることも楽しい。
ハイヒールって憧れるけど怖いよなぁ、なんて呑気に考えながら靴を眺める。ふと視線を上げると、背後を行き交う通行人の様子がガラスに反射していた。
忙しなく歩くサラリーマン、際どいミニスカートのギャル、灯りつつあるネオンに目を細める老人、元気に泣いている赤ちゃん。こうして人間観察すると面白いものだ。
そうして視線を滑らせ、私はある男女を見た。
赤い服を纏う黒髪の青年。その傍を歩く、私の知らない女の子。
それを見た瞬間、全身がサッと冷えていった。体温が急激に下がる感覚がした。まるで氷水を頭からぶっ掛けられたみたいに。
考える前に体が動いた。大股で二人に近付いた私は青年の前に立ち、手を振り上げる。
彼はこちらを見た。何か言おうと口を開いたけど──
パァンッ!
私の手の平が、彼の頬をぶった。それはそれは綺麗な音が響いた。思わず笑っちゃうくらいに。
鼻で軽く笑って、すぐハッとした。だってビンタの後どうするかって考えてなかったから。そもそもビンタだって衝動的だし。
何か言うべき。でも何を言うべき? 分からない。
迷った私は、口を半端に開けてポカンとする青年から目を逸らし、初対面の女の子に話しかける。
「……この人はやめた方がいいよ」
「え」
「バイク乗り回してケーサツに捕まったりしてるし、変なクスリやってるし、ちゃんとした告白だってしてくんないし、“自分の女”とはぜんっぜん一緒に居てくんないし、デートも無いし、他の男とつるむなって言っときながら自分は他の女と歩いてるし。っていうか、あれ盗んだバイクだし! ハァ……絶対、もっとイイ男居るから。この人はやめた方がいいよ」
矢継ぎ早に不満をぶち撒けたら、じゃあね! と軽く手を振って走って逃げた。
もう、あの治安のわッるい学校には行かない。元々付き合ってるんだか分かんない関係性だったんだから、会えなくなったって変わることは無い。ただ、ちょっと、寂しいけど。
正太郎はなかなかにクズ。それは彼の悪いところを挙げていけば誰だって分かる。でもクズにだって良いところがあるものだ。正太郎は特に短所を覆すほどの長所があった。
一見おちゃらけたようで居て、ケジメはしっかりつける真面目さ。誰が相手でも立ち向かう度胸。どんなことがあっても仲間を見捨てない優しさ。
私は彼の、そういうところが好きなんだ。
「……クズだからって嫌いになれたら苦労しないわ」
「なになに、俺のこと~?」
低くしゃがれたような声がしたと思えば、後ろから腕が伸びてきて力強く抱き締められる。
「正太郎っ!?」
信じられない。まさか追いかけて来たなんて!
「さっきの子は……」
「あんなやつどうでもいいじゃん。それよりクズって酷くねぇ?」
その発言がもうクズ。
何も言わずに居ると、正太郎はフッと軽く笑って話を続けた。
「でも嫌いになれないンだろ?」
「うるさい! 離して!」
「嬉しいくせに」
「調子乗らないでよっ!」
実際、嬉しいけど。可愛いあの子より私のことを選んでくれたことに、ばかみたいに喜んでるけど。
「どうせご機嫌取りに来ただけでしょ。もっとイイ男探すから離して」
「俺よりイイ男ってどんな奴? 教えてよ」
そりゃあ、浮気しなくて、私のことをもっと大切にしてくれて、それから……
「ちゃんと愛を囁いてくれる人!」
ふぅん、と興味無さげに息を吐いた正太郎。なによ、その反応。聞いといてどうでも良くなるんだったら聞かないでよ。ばかにしてんの。
「咲涼、こっち向け」
「なに、」
苛立ちながら身を捩った私。……の、唇に重ねられた柔らかい何か。目の前には正太郎の整った顔。
え、と呆ける私に、正太郎はニヤッと口角を上げた。ずいぶん機嫌が良さそうに。
「好きだ」
──これで俺がいちばん?
(そう問いかけた正太郎は私が答える間もなくまた口を塞いだ。……元から他の男が眼中に無いことなんて分かってたくせに、逃げ道を無くすなんてずるい男。……でもすき。)
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