デフォルトは「水無月咲涼(ミナヅキ キスズ)」となります。
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口実のブラックコーヒー。
喫茶店を持つことはずっと夢だった。コーヒーの深い香り、ミルクの柔らかな甘さに惹かれ、学生時代からカフェ巡りばかりしてきた。
そうして研究し、お金を貯めて……三年前、ようやく自分の店を持つことができたのだ!
店員は私とバイトの学生さん数名の、小さな小さなお店だけど……結構楽しくやっている。あぁ、ほんとうに幸せ! まだまだ無名なので、経営はかなりギリギリですけどね!
「うぅ……寒。ホットコーヒーのいい季節ね」
さて、我が喫茶店の営業時間がやって来た。
今日はどんなお客様が来るかしら。
店を開けて少し。カランコロンとまろやかな音を立てた、入り口の小さなベル。入ってきたのは黒髪の大男。
「いらっしゃいませ! 今日も来てくれたんですね」
「近くに来たんでな」
ややそっけない態度のその男性は、アイアンハイドさん。最近よくお店に来てくれるようになった方だ。
ブラックコーヒー、テイクアウト。
それが彼のいつもの注文。毎回変わらない。たまに、せっかくだしブラックコーヒー以外もどうですか? と聞くけど、頑なにほろ苦いそれだけを注文している。
サービスでケーキか何かお付けするのでたまには店内でいかがですか? なんて聞いたこともあったっけ。そのときは頷きかけたけど、慌てて首を振っていた。
残念。忙しいのかな。
ちょっと態度は冷たい感じがするけど、目がとっても綺麗で、それに顔はイケメン。しかも大人な雰囲気がだだ漏れ。以前、たまたま居合わせた同い年の友人が「か、かっこよすぎない? イケオジってやつ?」と顔を真っ赤にしていた。お互い今は彼氏居ないからね、テンション上がっちゃうよね。
というか、オジ、ってほどおじさんかなぁ……?
「今日もブラックコーヒーでいいですか?」
「あぁ」
彼はどんな仕事をしているんだろう。服装はスラックスに薄手のコート、腕時計……これだけ見るといかにも会社員って感じ。
ただ、今はコートで分かりづらいものの、彼は嘘みたいに筋肉ムキムキなのだ。趣味でこんなに鍛えられるものなのかな……。
ううん、店員はお客様のプライベートに踏み込んじゃいけないの。考えるな!
「はい、コーヒーできました!」
カウンター越しにコーヒーを渡す。彼はそれを受け取り、扉の方へ向かった。
……が、すぐに足を止めこちらを向いた。
「突然だから気味悪がって断ってもらっていいんだが……」
あー、そのー、と視線をあちこち巡らせて何か言い淀んでいるアイアンハイドさん。やがて意を決したように私を真っ直ぐその視線で貫いた。
「今夜デートしてくれないか」
「……へっ?」
──服は変じゃないかな。綺麗めな靴と、お出かけ用のオシャレ着を選んできたんだけど、頑張ってる感が強いんじゃないかな? 大丈夫かな? 化粧だってちょっとやり過ぎたかもしれないし……。
そわそわしながら、待ち合わせの駅前広場に立つ。周囲は学生や仕事終わりの社会人が行き交っていて、立ち止まってる私は何となく浮いて見えた。
何となくお分かりだろうと思うが、私はアイアンハイドさんとデートすることになった。本来ならお客様とそんなこと……と感じるのだが、正直私だって彼のことは憎からず思っている。断るのも……もったいない、気がして。
それに、デートと言ってもイルミネーションを見に行くだけ。散歩みたいなものよ。
お高いお店でご飯、とかだったらお断りしていた。緊張するし、マナーとか分からないから粗相してしまうだろうし。
「悪い、待たせたか」
慌てた様子で走ってきたアイアンハイドさん。そんな急がなくてもイルミネーションは逃げないのに。
「大丈夫ですよ。行きましょうか!」
会場は電車で数駅分。降りてからも十分ほど歩いた。
道中、普段は何をしているのか聞いたら「仲間と訓練……あとは弟子に稽古をつけている」と言われた。
訓練? 稽古? アイアンハイドさんは何者なんだろう。何かの道場を切り盛りしてるのかな?
「あっ! 見えてき……」
辺りはもう暗い。イルミネーションの眩い光はとても目立った。隣のアイアンハイドさんにそれを伝えようとしたとき、奥に何か……巨大なものが見えた。
「え……」
空から落ちてきたそれは体から両手両足が生えていて、頭部もあって……ロボットに見えるけど……ただ、大きすぎる。
人間より遥かに大きい。三倍くらいはあるだろうか。
「な、なっ……!?」
「……! ディセプティコンッ!」
忌々しげに呟いたアイアンハイドさん。次の瞬間、彼の姿は消え、黒い巨大ロボがそこに立っていた。
「は、……ぇ……」
人々は逃げ惑う。突然現れた何かに脅え散り散りになった。私はというと……目の前で起きた異常事態に足が動かず、しかも腰が抜けて立てないときた。
そのせいで、ロボの死闘をこの目に焼き付けることになってしまう。
黒いロボはもう一つのロボに立ち向かった。殴り、何か撃ち、撃ち、撃ち……そんなこんなで、あっという間に最初のロボが倒れ込んだ。
『水無月』
私の名を呼ぶ黒いロボはこちらに歩み寄る。立てない私に『大丈夫か』と心配そうな声を出して。
「あ、アイアンハイド、さん……なんですか?」
『……あぁ』
ど、どういう……全然違うじゃない。人間だったのに、ロボになってるけど、どういう理屈なの!?
『俺はトランスフォーマー。体が金属でできている地球外生命体……エイリアンだ』
「とらんすふぉーまー」
『そうだ。本来の姿は今のこれだ。だがヒューマンモードのおかげで人間を象ることができる』
「ひゅーまんもーど」
説明してくれているけれど、何も頭に入ってこない。耳にした言葉を繰り返すだけで、理解はできていない。
なんか……もう、とにかくそういう生き物が居るってこと!? ロボだけど生きてるってことね!?
「くわしい説明は、今度にしてもらっていいですか……?」
今全部を受け入れるのは多分無理。もっと落ち着いてからじゃなきゃ。
彼は分かったと頷いて『だがこれだけは言わせてくれ』と言いながら人間の姿になった。
「突拍子もないことだ、信じてもらえなくても仕方ない……だが、その……実は……」
なに。わるい知らせ? こわい、ききたくない。
緊張して、ごく、と唾を飲んだ。
「お前に惚れたんだ! 種族が、違っても……!」
彼の耳がかぁっと赤くなっている。それは寒さのせいではないと思う。
「悪い……俺が怖いだろう。安心してくれ、もう店には行かない」
「とんでもない! これからも来てください。……アイアンハイドさんのこと、もっと知りたいです」
アイアンハイドさんの正体がエイリアンだとしても、彼は私を守ってくれた。それだけで十分だわ。
「ところで一つだけ聞いていいですか?」
「何だ……?」
「体が金属でできていても、コーヒーって飲めるんですか?」
──口実のブラックコーヒー。
(飲めないんだって。買ったコーヒーは、同僚にあげてたって。それなのに通い詰めていたのは、私の顔が見たかったから、だって。……そ、そう言われると、ちょっと意識しちゃうじゃない!)
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