デフォルトは「水無月咲涼(ミナヅキ キスズ)」となります。
最も偉大な発明家は誰か?
What's your name?
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56.貴方の存在を共にする。
「渡したいもの?」
誕生日でもないし、何かの記念日……でもないし。
何かあっただろうかと思案するが、特に思い当たる節はなかった。よほど細かいことでなければ全て覚えているつもりなんだけど……。
アイアンハイドは私の腕を離して、どこかから小さな箱を取り出した。正方形に近い形のそれは高級感のある布に包まれている。これはベロア……ベルベット生地?
見ただけでは何の布なのかいまいち分からないけど……その小さな箱が何を入れるものなのかは一瞬で分かった。
「……え」
箱とアイアンハイドとを何度も見比べる。
きっと、私はよほど馬鹿っぽい顔をしていたんだろう。アイアンハイドは思わずといった様子で吹き出した。そして、少し自嘲気味に目を伏せる。
「ははっ……柄じゃねぇだろ」
「そんなこと……!」
……ない、とは言えないかも。だけど、アイアンハイドの意外な一面はいくつも見てきたから不思議はない。遠慮してもプレゼントを送り付けてくることは何度もあったし。
でも……でも、やっぱり驚きはする。
「俺はトランスフォーマーだ。人間のガワを取り繕っても結局は怪物と大して変わらない。──それでも俺は咲涼を離すつもりなんざ無い。これだって、要らねぇと言っても無理やり着けるつもりだ」
開かれた箱には、一粒のダイヤが輝くブラックのリングが慎ましく飾られていた。あまりにも眩しくて直視できそうにはないのに目を逸らせない。
心臓はずくんと高鳴り、心拍数が急速に上がっていく。体が熱い。何も考えられない。だるだるの部屋着をきゅっと掴んで、縋るようにアイアンハイドに視線を移した。
「あ……」
透き通るような淡い瞳。ヒューマンモードであっても、ただ一つ金属生命体らしさを残すその目。いつも優しく光を抱えているのに、今ばかりは私を射殺さんばかりの眼光を放っている。
それを見た瞬間、どうしようもなく心が掻き乱された。
体の熱はぐっと上がって、息が止まって死んじゃいそう。
これは決して拒絶じゃない。分かってる。だって思いは私も同じだから。アイアンハイドのそばに、いつまでも居させてほしいから。
でもまさか指輪だなんて。こんなのはドラマや映画の中でしか見たことがないシチュエーションで、どうしたらいいか全然分からない。
何も言えずに居る私に、アイアンハイドはふっと笑った。
「……無理やり着けるとは言ったが……一応、着ける指の希望くらいは聞くぞ」
そんなの一つしかない。
「──左手の薬指!」
ほとんど即答だった。迷う暇も、必要もなかった。彼が指輪を見せてきたときから、着けるならそこしかないと思っていたんだから。
アイアンハイドは私の返答が分かっていたかのように、満足げに頷いた。例え違うことを答えていたとしても左手の薬指に勝手に着けたでしょ?
彼は私の手を優しく手に取って、指輪をするりとはめた。ぴったりだ。この美しいリングは、薬指以外じゃ合わない。
「きれい……」
私の指じゃないみたい。ひょっとしたら夢なんじゃないかって、頬を強めにつねってみる。すごく痛かった。アイアンハイドは呆れたように「何してるんだ」って笑ってた。
その優しい笑顔を見てると、だんだん“あ、これって現実なんだ”って実感が湧いてきて……目の前がじんわりとぼやけていく。目尻に溜まった涙は頬を伝い、輪郭から零れ落ちて部屋着を濡らした。
「おい、咲涼っ? 泣いてるのか!?」
アイアンハイドは笑顔が一変して慌てたように私の肩をさする。心配したような表情に申し訳なさで胸が痛んだ。
ごめんね、驚かせたよね。嫌だとか、そういうんじゃないよ。ちがうよ。ただ、感情が溢れちゃって……止まらないの。
私は緩く首を振って、か細い声を絞り出した。
「うれしいっ……ありがとう、……っありがとう! アイアンハイド……っ!」
「ぅおっ……!」
喜びに支配されるままアイアンハイドに抱きつけば、彼は困惑しながらも力強く受け止めてくれた。あぁ、好き。すごく好き。
耳元からは、仕方ねぇなって感じの小さな溜め息。そのすぐ後に抱擁が返されて、暴れ出しそうな心を抑えるため彼の肩に顔を埋めた。
「こんなことなら、もっと綺麗な服とか着てれば良かった。可愛くない」
「俺のスパークを弾けさせる気か? 小綺麗な格好されたら緊張するだろ」
アイアンハイドも緊張とかするんだ!? こうして引っ付いていても心臓の音が聞こえるわけじゃないから、そういうイメージなかったなぁ。
でもやっぱり、指輪を受け取るなら着古した部屋着より、おろしたての清楚なワンピースとかがいい。絶対その方が良かった。
アイアンハイドも、もうちょっとムードとか考えてくれれば…………あ、そういえば遊園地で言ってた“話したいこと”ってこれ!? それなら尚のこと雰囲気を大事にしてほしかった。時すでに遅し。
「……ねぇ、アイアンハイド」
「どうした?」
「アイアンハイドの分の指輪はないの?」
せっかく左手の薬指に着ける指輪なら、お揃いがいいと思うじゃない?
そう問うと、アイアンハイドは言いにくそうに「あー……」と言葉を詰まらせた。なに、なに、どうしたの? ……ない、の?
いや、指輪一つ用意するだけでもお金がかかるだろうし、私の分しか作らなかったのかもしれない。指輪を貰えたのはすごく嬉しいけど、もしそうだとしたら無理して用意してもらわなくても良かったのに。
私はアイアンハイドと居られるだけで嬉しいし、この薬指を他の男に渡すつもりもないんだから。私の全ては既にアイアンハイドのものだ。
「そもそもその指輪なんだが……」
「うん」
「俺の一部、だったんだ」
「うん?」
というと?
「左腕を治すときに出た余剰パーツを改良して作った。元は自分の一部だったからな、俺の分はない」
「へぇ……」
だから黒いんだ。指輪って大体はシルバーかゴールドだから、なんか珍しいなぁとは思ったんだけど。
それにしてもアイアンハイドの一部だとは……。さすがにそれは予想できない。
誰がやってくれたのかは分からないけど、指輪に加工するなんて簡単なことじゃないだろう。今度お礼を言わなきゃ。
「……これなら離れてても一緒ってことだね!」
「あぁ、そうだ」
この指輪はアイアンハイドだったんだから、こうやって身につけていれば彼をそばに感じられる。寂しくても少しくらいは気が紛れるかもしれない。
「……咲涼」
名前を呼ばれて彼の顔を見る。いつもは怖い顔をしているのに、今は困ったように眉を下げて微笑んでいた。
「……咲涼が心変わりしても、俺はお前を離してやれない。いつまでも醜い執着を向けて苦しませるだろう。それでも咲涼はいいんだな」
呆れた。離してやれないと言うくせに、いいんだなと問いかけてくるなんて。気を使ってるつもりなのかもしれないけど、良くないと答えたところで結果は全く変わらない。
それならこの問答ってあんまり意味がないよね。分かりきったことを聞くなんて!
……でも、一つだけ伝えたいことがある。
「アイアンハイドと出会ったことを、後悔は……するかもしれない」
「それは、」
「だけど!」
何か言いかけたアイアンハイドの言葉を遮って、一つ深呼吸をした。
……アイアンハイドに出会わなければ、これほど苦しい思いをすることはなかった。好きで好きでたまらなくて、胸が引き裂かれるような思いをすることはなかった。
いや……戦いの中に身を置く彼を、日々死神の鎌を突きつけられている彼を、そんなこと気にしないで敵に突っ込んでいく彼を好きにならなければ……アイアンハイドが死んでしまう恐怖に身を縮こめることなんて、なかった。
それは本当につらくて、力のない私には解決のしようがない。だから、そもそもアイアンハイドに出会うことがなければ良かったと……後悔はする。恨みもする。
だけどね。
「アイアンハイドが一緒なら、どんなに苦しくても、死ぬ最期の瞬間まで笑っていられるの」
そして、断言できる。
「アイアンハイドと出会えて幸せだったって!」
──最も偉大な発明家は誰か?
(それは“偶然”である。その偶然性を必然だったと捉えるか、運命だったとロマンチックに考えるかは人それぞれだろうだけど……少なくとも私は、この愛を“偶然”なんて陳腐な言葉で片付ける気はさらさらない。)
fin.