デフォルトは「水無月咲涼(ミナヅキ キスズ)」となります。
最も偉大な発明家は誰か?
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55.帰る場所。
「……じゃあ、またね。無理しないでね」
「あぁ、咲涼も」
遊園地でのデートを終えて帰ってきた私達。家に着く頃にはすっかり暗くなっていて、アイアンハイドはもう戻らねばならないと忌々しげに呟いた。
だから玄関先で別れの挨拶をしているんだけど……どうにも離れ難い。
「クソ、行きたくねぇ」
「だめだよ、大事な役目でしょ?」
私だって行ってほしくない。今日も隣に居てほしい。だけどワガママばかり言うわけにもいかないのが現実。私一人と、地球と……どちらが大切なのかは明白だから。
「最後にキスをしてもいいか」
「……うん」
改めて聞かれるとちょっと恥ずかしい。何度したって慣れない気がする。でも、すごく好き。
抱きしめられながら唇を重ねる。貪るみたいな激しいキスじゃなくて、確かめ合うように穏やかなキス。角度を変えながら何度も何度も落とされるそれは、砂糖菓子より甘ったるかった。
「……加減がきかなくなる」
「それは、困ります」
ふふ、と思わず笑うと、アイアンハイドは長い長い溜め息をついて私をぎゅぅううっと抱きしめた。怪力のトランスフォーマーにこんな風にされたら潰れちゃう。
でも、抵抗はしなかった。それどころか仕返しに私も彼をぎゅぅううっと抱きしめる。痛くも痒くもなさそうだけれど。
「……アイアンハイド、愛してるよ」
「あぁ、俺も愛してる。……こんな気持ちになるのは、後にも先にも咲涼だけだ」
アイアンハイドはそっと離れて、困ったような表情でドアノブに手をかけた。まるで今生の別れみたい。二年前のお別れよりもよっぽど身近になるのに。
「じゃあ、またな」
「気を付けてね。行ってらっしゃい」
軽く手を振ると、アイアンハイドは微笑んだ。
「あぁ、行ってくる」
閉じられた扉。少しの間それを見つめていたけど、ふと我に返ってリビングに向かった。
やっぱり、アイアンハイドが居ないと部屋が広く感じる。ほんと、彼と出会う前には戻れないなぁ。
「次はいつ会えるかな」
数日が経った。アイアンハイドとは毎日のように電話して、おはようとかおやすみとか、仕事はどう? とか、そんな取り留めのない話をしてた。
今日は休みだからちょっと遅くまで眠って、起きる頃にはだいぶ日が昇っていた。早起きしたってお出かけの用事なんてない。せいぜい買い物くらいかな。そういえば近くのスーパーのチラシが入ってたかも。
天気もいいし、散歩がてら外に出ようかな。でもちょっと面倒かなぁ。……なんて色々考えていたら、ピンポンと軽快にチャイムが鳴らされた。
「はぁい」
ドア越しに問いかけると「宅配だ」と低い声が。態度の大きい宅配のお兄さんですね。お兄さんというか、おじさんというか……。
扉を開けると、右目に傷のある大きな男の人が。とても宅配便のお兄さんには見えない。当然だ、彼は宅配業者じゃないんだから。
「宅配というわりに……手ぶらみたいですけど?」
「俺だけじゃ不満か?」
まさか。大きく首を振って彼を家の中に招く。ソファに並んで座ると、彼──アイアンハイドは軽く息をついた。なんだか、少し疲れているように見える。きっと仕事が忙しいんだろう。私には計り知れないほど。
「事前に連絡くれたら良かったのに! もし仕事に行ってたらどうしてたの」
「……会いたくなった。それに、今日は休みだって知っていたから問題ない」
「珍しく素直だね」
「そういう日もある」
「はは、それもそうだね。私も会いたかったよ!」
……でも、何で休みだってこと知ってるの。住所だっていつの間にか知られていたし、私にプライベートはないんですか。いや、怖いのはNESTの情報網か。
とはいえ、休みだから家に居るかと聞かれると、一概に言い切れるものではない。たまたま気力が湧いて、朝早くから買い物に出かける可能性だってある。そんなときアイアンハイドが訪ねてきたらドアの外で待たせることになっちゃうなぁ。
「合鍵、作りに行こうか。この部屋の」
「鍵? いきなりだな」
「うーん……アイアンハイドに持っててほしくて」
私が家に居ないからって空の下で待たせるのは嫌。どうせ来てくれたなら、部屋の中でゆっくりしていてほしい。
アイアンハイドなら勝手に入って何をされててもいい。そもそも、彼が部屋を荒らすようなひとじゃないことはよく分かってる。意外と大人しくテレビを見て過ごしているんだよね。
……私達は一緒に暮らしていた時期もあったけど、決して同棲してるわけではない。でも……アイアンハイドにとってこの部屋は安らぎの場所であってほしい。「ただいま」と「行ってきます」を当然のように言える場所であってほしい。
「ここは私の家だけど、アイアンハイドの帰る場所でもあるから」
アイアンハイドはもう、そんなこと分かってくれてる気がするけれど。二年前の別れの日、「必ず帰ってくる」と約束してくれたのは彼の方だもの。
それに、この前だって「行ってらっしゃい」と言えば「行ってくる」と返してくれた。それはすごく、すごく嬉しいこと。
「……」
「……、アイアンハイド?」
彼は何も言わず、口元を押さえてうつむいた。床かテーブルをじっと見つめて瞬きすらしない。
ど、どうしたの。吐きそう? いや、何も食べないのに吐くってことはないかな……だとしたら? 全然分からない、人間みたいに具合が悪くなることってあるの?
「だいじょうぶ……?」
背中をさすろうと手を伸ばすと、アイアンハイドはその腕をがっと掴んでゆっくり顔を上げた。蒼く光る瞳が真っ直ぐに私を射抜く。まるで怒りに燃えているようにも見えるその視線だが、これはたぶん、心の底から緊張しているだけ。
……緊張? どうして?
「俺も、咲涼に渡したいものがある」