デフォルトは「水無月咲涼(ミナヅキ キスズ)」となります。
最も偉大な発明家は誰か?
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51.お叱りも心配ゆえ。
少しの間、時間を忘れて抱き締め合っていた。久しぶりに触れたアイアンハイドの体は温かくて、金属生命体だなんて思えないほど人間らしかった。
……本当に、ここに居るんだ。夢なんかじゃないんだ。そう思うとまた視界が潤んできて、情けなく垂れてくる鼻水をずず、とすすった。
「! まずい、風邪を引く……!」
「え? ……っ、わっ!? ちょっ……!」
ひょい、と軽々抱えられ私は室内に舞い戻った。
アイアンハイドはコンバットブーツを鬱陶しそうに脱ぎ捨て、揃えもせずにづかづかとリビングに入る。そして私をソファに座らせると、勝手知ったると言った様子で隣の部屋からタオルケットを持ってきた。……この部屋で過ごしていたのは二年も前のことなのに、忘れてなかったんだ。
胸の奥が温かくなる私をよそに、彼は座る私を見下ろして眉間のシワを深めた。
「どうして裸足なんだ」
「えっ?」
いや、だって部屋に居ればそれなりにあったかいし……仕事から帰ってきてタイツを脱いだのに、靴下をわざわざ履くのも面倒だったし……。
「あとは寝るだけだったから、いいかなって」
「はぁ…………」
とても大きい溜め息をつかれてしまった。
アイアンハイドは持っていたタオルケットを私の足にかけた。素足も隠れるくらいキッチリと。それから自分がつけていたネックウォーマーを私の首にすっぽり被せ、上着もやや雑に前から被せた。
布まみれにされてしまって動くに動けない。今動いたらせっかく良い感じに温かくしてくれたのが崩れてしまう。
「室内だろうが寝るだけだろうが温かくしてろ。風邪を引いたら困るだろうが」
「わかりました……」
再会早々に怒られてしまっては反論する気も失せる。実際、熱が出て仕事に行けなくても困るんだし。
でも、二年ぶりに会えた恋人にお説教しなくたっていいじゃない。もっと言うことないの?
じと、とアイアンハイドを見るとこちらの視線に気付いたようで、訝しげな目で「……何だ」とだけ返す。
「久しぶりに会えたのに、叱るだけ?」
「……はぁ」
アイアンハイドはまた溜め息をついた。今度は小さな小さな、何か諦めるみたいな溜め息。
何か言いたげに口を開いたが、すぐに閉じてしまった。しかし空いていた私の隣に腰を下ろすと、こちらを真っ直ぐ見つめて再度口を開く。
「俺だって怒りたくはねぇ。だがお前の健康を守るのも俺の役目だろ。人間は弱いんだから」
「体調管理ぐらい自分でできますー!」
そりゃあ何百年、何千年と生きてるトランスフォーマーに比べれば、二十年や三十年くらいは赤ちゃんみたいなもんでしょうけど! 私だって自分で働いて自分を養っているまともな大人だと思います! たぶん、きっと! 成人してるからちゃんとした大人だ、……とは言いきれない……けど……!
「分かった分かった、そういうことにしておくか。風邪を引いたって、しばらくは俺が面倒見れるしな」
「……そう、なの?」
「あぁ」
アイアンハイドは嬉しそうに少しだけ微笑んだ。
「あれから色々あってな。世界各地に中継所を作ることになった。仕事の度にアメリカから出向くのは面倒だし時間がかかるからな。規模は小さいが、補給地点を兼ねた支部みてぇなもんだ」
「そうなんだ」
外国には行ったことがないけど、日本からアメリカなんてシャレにならないくらい遠いってことは分かる。
何時間もかけて現地に向かったはいいけど時すでに遅し……なんてこともあり得そう。でも、きっとオプティマス達がそうはならないように先んじて手を打つんだろう。だって手遅れだったなら、とっくに地球は終わってるはずだから。
「支部はいくつか作られたが、そのうちの一つが日本にある」
「……えっ?」
「今日……厳密には昨日付で配属されたのは、俺だ」
「え、と……つまり……」
日本にNEST支部があって、アイアンハイドがその責任者で、もう既に配属されてて……つまり、つまり……。
「アイアンハイドは、日本の、その基地で、過ごすってこと……?」
「あくまで試験運用だが、そうなるな」
「じゃ、じゃあっ、これからは、たくさん会える……?」
「あぁ」
短くてぶっきらぼう返事。でもその表情はびっくりするくらい優しく柔らかい。
「うそ……」
「俺は嘘はつかん」
「……あ、アイアンハイド……!」
体にかけられていた上着やタオルケットが崩れるのも気にせず、隣のアイアンハイドに抱きついた。
「嬉しいっ……」
「あぁ、俺もだ」
目いっぱいの力を込めると、アイアンハイドも少し力を強めた。ちょっと苦しいけど、それもまた心地よくて。
はっとあることを思い立った私は、アイアンハイドから体を話してライトブルーの瞳を見つめた。
「アイアンハイド、今日は泊まってくよね!?」
「あ……?」
少し低い声で、やや機嫌の悪そうな呟き。その顔にはお馴染みのシワ。
何故か怒っているように見えるけど、私は何か変なことでも言っただろうか。
「俺としてもそばに居たい気持ちはあるがな……」
「え、か、帰るの……?」
「いや、明日までは休息期間を貰ってはいるが……」
「休みってこと? じゃあ大丈夫だよね……? 前みたいに一緒に寝たいな」
久々だから、少しも離れたくない。朝だってアイアンハイドに包まれて目を覚ましたい。だめ? どんなワガママも聞いてくれるんじゃなかったの?
じっと見つめると、アイアンハイドは大きな溜め息をついて頷いた。
「分かった、分かったからそんな目で見るな……!」
「やったぁ!」
アイアンハイドはとっても強い武器のスペシャリストだけど、こういうときばっかりは私には弱い。それが嬉しくもあり……嬉しすぎて、ニヤニヤが止められなかったりする。
じゃあさっそく布団に入ろう、話はそれからでもできるから、と彼の左手に触れた。優しく指を絡めてくるアイアンハイドは穏やかな表情で、心臓が締め付けられるようだった。
「……腕、ちゃんと治ったんだね」
「あぁ、俺達のドクターのおかげでな」
色々と大変だったが……、とうんざりした様子のアイアンハイドだけど、それでも嬉しそうに笑っていた。良かった……本当に、良かった。