デフォルトは「水無月咲涼(ミナヅキ キスズ)」となります。
最も偉大な発明家は誰か?
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50.会いたいと泣いた夜。
仕事を終え帰宅した私は、お風呂や食事などあらかたのことを済ませた。冬は寒くて何もしたくないけれど、夏は夏で暑くてやる気が出ない。どんな季節でも家事はしたくないものだ。でもやらなくっちゃね。
そうして全部終わらせてソファに座り、家用の暖かい上着を羽織った。節約のために暖房をケチっているせいで室内はわりと寒くて、家の中でもモコモコと厚着しているのは……ちょっとアホらしいかもしれない。
「……うーん」
スマホを前にして、少しだけ唸った。
画面に映るのはIronhideとだけ書かれた連絡先。昼間、「帰ったら電話をしよう」と意気込んだはいいけれど、いざそのときになってみると勇気が出ない。
アイアンハイドは『気にしないで連絡してこい』って言ってくれたし、その言葉を真に受けて電話やメールをしたことは数え切れないくらいある。
でも最近彼からの連絡がないってことは、相当忙しいんじゃないか、とか……考えたくはないけど他にいいひとが見つかったとか……何かしら理由があるんだろうと思う。
だから、今って電話しても大丈夫かな? もしかしたらちょうど立て込んでたりするかな? などと悪いほう悪いほうに考えてしまうのだ。
「でも決めたことだし……」
タイミングが悪ければそう言うだろうし! よしっ! 電話しよう!
大丈夫、大丈夫、と自分に何度も言い聞かせて発信ボタンを押した。……正確には、押そうとした。
その瞬間、画面がパッと切り替わりバイブが着信を知らせ、Ironhideと彼の名前を表示した。
なんて、タイミングの良いこと。
「う、うそっ」
まさかこんなときにアイアンハイドから電話が来るとは思わなかった。
焦って通話ボタンを押してしまい、そのせいで慌てながら「もっ、も、もしもしっ?」と裏返った声が出てしまう。
すると向こうから軽く笑う声が聞こえた。
『《アイアンハイドだ》』
「う、うんっ」
『《ずいぶん慌ててるな。取り込み中だったか?》』
「ううんっ、ぜんぜんっ! 私も今かけようかなって思ってて、それで、びっくりしちゃって……!」
『《そりゃあ偶然だな》』
本当にね。でも、すっごく嬉しいよ。久々に話すんだもん。話したいことはたくさんあるけど、まずはアイアンハイドの用事を聞かなきゃ。
色々聞きたい気持ちをぐっと堪えて「何か用でもあった?」と問いかけると、アイアンハイドは『《あー……》』と濁すような声を漏らした。
『《……最近、連絡ができなくて悪かった》』
「え……そ、そんなのいいんだよ。アイアンハイドは忙しいだろうし……」
『《“忙しい”は言い訳にならねぇ》』
怒ったように言うアイアンハイド。……そうは言っても、実際忙しいんでしょ? 言い訳じゃなく正当な理由だと思うけどなぁ。
アイアンハイドはNESTっていう特殊な立場にある。トランスフォーマーとして、そして武器のスペシャリストとして戦うことはとても多いだろうし、私みたいに働く時間が決まってるわけでもない。
定期的に連絡を取り合うことが不可能だってことくらい、私も分かってはいるつもり。“忙しい”は立派な理由になる。
……そう説明しても、アイアンハイドはやっぱり納得いかないみたい。
『《そうか。俺が居なくても平気か》』
「えっ?」
『《俺は咲涼と話せねぇ時間は苦痛だった。咲涼はそうでもなかったらしいな》』
「……」
ぶっきらぼうに吐き捨てられたセリフに呆気にとられてしまった。
もしかして、拗ねてるの? アイアンハイドが?
『《寂しいもんだな》』
向こう側で、はぁ、とわざとらしい溜め息をついたのが聞こえた。きっと彼は眉間にシワを寄せ、それはもう怖い顔をしているんだろう。
……私は、アイアンハイドが気にしないようにって慰めたつもりだったのに。それならこっちも言わせてもらっていいかな!?
「……私だって、話したかった。でもアイアンハイドがいきなり音信不通になったから、すごく忙しいんだろうなって思って気を使ったの!」
『《気にするなって言っただろ》』
「気にはするよっ! ほんとは毎日話したいけど、それは無理だって分かってるからワガママ言いたくないの!」
無理なことをわざわざ言って困らせたくない。好きな相手から迷惑をかけられるのは構わないと思っても、好きな相手に自分が迷惑をかけるのは嫌。そういうものでしょ?
『《俺は、お前のワガママなら何だって聞きたいんだがな》』
不機嫌そうだった声色が、穏やかで落ち着いたものに変わる。男性の低い声は時に地を這うような恐ろしさを感じることもあるけれど、彼の声はぜんぜん怖くなくて、むしろ聞いているととても安心する。
「……」
『《試しに何か言ってみろ。思いついたものでいい》』
どんな無理難題でも構わないから、と優しげに催促される。
そんなの、思いつくことは一つしかないよ。
「……会いたい」
狭い間取りの部屋は一人だと広く感じる。二人がけのソファの空白だって、クッションでは埋められない。小さなベッドも寒くて凍えそう。ご飯はなんだか味気ないし、独り言はつまんない。
どれだけ時間が経っても、貴方が居なかったときの感覚が思い出せない。ほんの短い時間だったのに、貴方と一緒に居るのが当たり前になってるの。……それを忘れられないの。
「……あいたいよぉ……っ」
泣くつもりなんてなかったのに、いつの間にか玉のような涙がポロポロと溢れていた。言いたいことはたくさんある。でも、しゃくりあげてしまうせいで何も話せない。
『《咲涼》』
「うぅ……ひっぐ……」
もっと呼んでほしい。名前を呼ばれるの、すごく好き。ううん、アイアンハイドにされることは、だいたい好き。意地悪は、いや。
『《──咲涼、聞いてるか?》』
アイアンハイドが電話口で何か言っているみたいだけど、自分の嗚咽のせいでいまいち聞き取れない。次はいつ電話できるか分からないからちゃんと話したいのに。私ってほんと馬鹿。こんな情けないところばかりアイアンハイドに見せたくない。
「ぁ、あいあん、はぃど、……ご、めんねっ? ごめ……っ……ま、また、こんど、でんわしよっ?」
『《咲涼!?》』
おい、と引き止められたものの、一方的に電話を切った。この状態じゃ話したくても話せない。
……せっかく久々に連絡がとれたのになぁ。勝手に泣いて勝手に電話切って、何やってんだろ。こんなんじゃ愛想尽かされてもおかしくないよ。
また泣きそうになっていると、ピンポン、とチャイムが鳴った。こんな時に誰よ。今は来客対応するような余裕はありません。
無視を決め込んでいると、またピンポン。
それも無視……したら何度も何度もチャイムが鳴らされる。
「うー……あー、もうッ!」
あまりにしつこいチャイム。さすがに耐えられなくなって扉を開けた。
「どちら様ですかッ!? 今いそがし、……え」
「……誰かも確認しないで開けるのは危ねぇだろ」
立っていたのは、背の高い男性。見覚えのある迷彩服を着て、暖かそうなネックウォーマーをつけて、そこに立っていた。
深い眉間のシワを和らげようという気は全くないらしく、一目見て不機嫌だと分かる顔をしている。あまりにも高い身長のせいで私は彼を見上げる羽目になり、首がちょっと痛い。
でもそんなことは気にならない。だって、彼は私が恋しくて恋しくて仕方ないひとだったから。
「あ……え、ぁ、あいあんはいど……?」
「それ以外の何に見える? 勝手に電話切りやがって」
ふっと軽く笑った彼。……あぁ、あぁ、うそ。なんで? なんでここに居るの? だって貴方はアメリカに居て、仕事が忙しいはずで、こんな所に来る余裕なんてないはずでしょ? どうして……。
混乱する私を見たアイアンハイドは、軽く首を傾げながら両手を広げた。
「咲涼」
「ぁ……」
優しい笑み。きっと、彼に出会った頃の私が見たら驚いて腰を抜かすだろうなぁ。
「アイアンハイドッ!」
思い切り飛びつくと彼は力強く抱きとめてくれた。嬉しくて嬉しくて仕方なくて、加減もせずにぎゅううぅっと抱き締める。アイアンハイドは「熱烈だな」なんて笑いながら、優しく抱きしめ返してくれた。