デフォルトは「水無月咲涼(ミナヅキ キスズ)」となります。
最も偉大な発明家は誰か?
What's your name?
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46.約束だよ。
「……悪い、ラチェットから連絡だ」
アイアンハイドがそう言って立ち上がった。別室に行ったから、私は話を聞かないように台所に向かって皿洗いを始めた。あんまり放置すると汚れが取れづらくなっちゃうもんね。
私が作業を終える頃にはアイアンハイドも話を終えて戻ってきた。その表情は何だか暗い。
「何か悪いことでもあった?」
「アメリカに帰る目処がついた」
ソファに座った彼はふぅと息をついた。そして私を見て、眉を下げた。酷く悲しそうな、寂しそうな目。
「……よ、良かった! 腕が直せるねっ」
濡れた手を拭いて隣に座り、彼の右手をぎゅっと握る。そうしないと私が耐えられそうにない。両手は震え、目の前が歪み始める。慰めるように、自分に言い聞かすように言ったセリフも弱々しかった。
良かった、ようやく腕を直せるんだ。戦士である彼の片腕がないなんて、彼らオートボットにとって致命的だもの。
そう、良かった。ほんとうに。ほんとうに。
「い、いつ……帰っちゃうの?」
「……明後日」
「あ、明後日なんて」
ちょっと急すぎる、と思わず言いかけた。でもアイアンハイドがそれを遮るように続けた。
「本当は明日だったんだ。少しでも早くってな。だがいくら何でもいきなりすぎるだろう? だから粘ったんだ、これでも」
「そう、なんだ……そっか。ごめん……」
思えば、ラチェット先生が外泊を許しただけでも十分すぎるほど譲歩してくれていたんだ。これ以上のワガママは言えないよね。
彼らは地球を守ってくれている。迷惑をかけちゃいけないんだ。
「……謝るな。俺だって、離れたくはないんだ」
ぎゅっと抱きしめられた。筋肉でちょっと苦しいけど、それも今だけのこと。数日後には恋しくなってしまうんだろう。
私が英語を話せたら、彼と一緒に向こうに行けたのかな。頑張ればNESTに入れたのかな。……ううん、NESTはディセプティコンと戦う部隊だから、私みたいな軟弱者は入れてもらえないだろうな。事務仕事だって、できないし。
「アイアンハイド……遊園地に行こうって話してたの、覚えてる?」
「あぁ、当然だ。俺から言い出したことだからな」
見上げながら聞くと、彼は何度か頷いた。
彼がこの家に来た最初の日のことだ。掃除を手伝ってくれて、お礼はどうしたらいいか悩んでいたら、たまたまテレビに映っていた遊園地を指して「ここに付き合え」ってアイアンハイドが。
あのときはディセプティコンが片付いたら行こうって話をしていたけど、この怪我では遊園地なんて無理。お互いに話題に出さなかったから危うく流れるかとも思った。……けど、ちゃんと覚えてたんだ。
「腕が直ったら、一緒に行こうね。約束だよ」
アイアンハイドは目を細めた。淡い水色の瞳は、星のようにキラキラ輝いて私を惹きつける。つられて微笑むと、彼は私の額にキスを落とした。
「あぁ、必ず行く」
「ふふ、楽しみだなぁ」
それまでに可愛い服買っておかなきゃ。普段はお出かけすらしないからオシャレな服なんて全然ないの。生きるのに精一杯で、そんな余裕もなくって。
「あのとき既に咲涼のことが好きだったのかもな」
「えぇ? うそぉ?」
アイアンハイドが斜め下を見ながら呟いた。何かを思い出している様子だ。疑いの声をあげる私に目線を移すと「考えてもみろ」と言った。
「俺みたいな奴がテーマパークに行きたがるなんて、いくら何でも無理があると思わないか?」
「それは、まぁ……。でもあのとき、ヒューマンモードでしか行けないような場所に行くのも悪くないって言ってたよね?」
確かにアイアンハイドに遊園地は似合わないけど、体の大きなトランスフォーマーにとって人間社会が興味深く思えるのは、それほど変ではない……よね。
けれど、アイアンハイドは首を振った。
「尤もらしい言い訳だ。それほど興味なんてなかったからな」
「じゃあ……行きたがる理由がないんじゃない?」
どうして遊園地なんて……。
「そりゃあ、咲涼と出掛けたかったんだろ」
「……一緒に?」
「そうだ。それほど興味がない場所でも、好きな奴となら行きたくなるもんじゃねぇのか?」
ウェブで調べたらそういう風に書いてあったが、と首を傾げるアイアンハイド。
そっか、トランスフォーマーってインターネットで色々調べられるんだ。……アイアンハイドもそれで恋愛について学んだってこと? なんて健気な……!
「ふふ、そうかも」
嬉しい。私と出掛けたかったって言ってくれたことも、不器用なりに頑張って調べてくれたことも。
……思わずぎゅっと抱きしめると、上からアイアンハイドの「ゔっ」という声が聞こえた。
「ご、ごめんっ! 痛かったよね!?」
「大丈夫だ……」
慌てて離れるがアイアンハイドの顔は心做しか青ざめている。痛くないはずがない。右はともかく、左脇腹はまさに大怪我をしている場所。そこに力を込めてしまったんだから。
「ごめんね、ごめんね……!」
「本当に大丈夫だから気にするな」
アイアンハイドは私の頭をがしがし撫でた。もう! 寝たらぐちゃぐちゃになるとは言え、せっかく綺麗に乾かしたのに!
「……明日も仕事だろ。早く寝ろ」
「うん……」
今日はちょっと早いけど、布団に入ることにした。テレビを消してベッドに横たわると慣れた様子でアイアンハイドも隣に寝転ぶ。
「明後日は休みだから、お見送りできるよ」
「仕事でも来てもらわねぇとな」
言い方はぶっきらぼう。でも顔には柔らかい笑みを浮かべている。
仕事サボるのはどうかなぁ、努力はするけど! なんて軽口を返して小さく笑い返した。
……あぁ、眠りたくない。眠ったら明日が来ちゃう。そしてまた眠ると、明後日が来る。いやだな。アイアンハイドが居ない生活なんて……想像したくも、ないな。