デフォルトは「水無月咲涼(ミナヅキ キスズ)」となります。
最も偉大な発明家は誰か?
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44.どうして好きになったの?
今日の職場は穏やかだ。昨日ほど客は来ないし、かと言って来なさすぎることもない。お客様が来なければ店も成り立たないからね、ちゃんと来てもらわないと。
アイアンハイドは大人しくしてくれてるかな。また勝手に外に出たら本気で怒らないと。本人も体が痛いはずなのに無理しなくたって……。
昨日のことをぐるぐる考えていたら、からん、と扉が開かれた。仕事中だ、油断しちゃいけない。
「いらっしゃいませ、……!」
客の方を見て危うくげぇ、と声が出そうになった。何故って、そりゃあ例の男性客だったからだ。
男性は今日もスーツ。あれ、いつもスーツだったっけ。うん、そうかも。あんまり覚えてないけれど。
適当にいくつかパンを取りレジにやってくる。何だかそわそわしているというか……変な空気が出ているような……。
妙な気配を感じながらも素早く会計を済ませた。
「あの……」
男性が小さく声をかけてくる。
「何ですか?」
「不躾かとは思うんですが、連絡先を交換してもらえませんか?」
片手に持ったスマホ。……れ、連絡先? 私と?
つまり、どういう? もしかして、好意を持たれている……ということ? 嫌いな相手にわざわざ連絡先なんか聞かないもんね。
「えっと……」
あんまりこういう経験ないから緊張してきた。どう断ったらいいんだろ。嫌です! ……は直球すぎか。
うーん……あぁ、そっか、簡単だ。
「……恋人が居るので、ちょっと……」
友達でも何でもない人と連絡先交換なんてとんでもない。そもそも私はマメな方じゃないから、連絡を取り合うことはないと思う。自分から送ることは少ないし、よほど仲がいい人じゃなきゃ面倒だし。
親とすら月に一回話すかどうかなのに。
「どうしても、だめですか?」
「ごめんなさい……」
何度も首を振って断る。以前、別の職場でおじさんに連絡先を教えてしまい後悔したことがある。何で休みの日まで同僚のご機嫌取りをせにゃならんのだ、と。
だから今この人に教えても絶対後悔するだろう。
「ずっと前から好きなんです。お近付きになりたくて……!」
必死な顔でカウンター越しに迫られる。こうやって食い下がられると頷きそうになってしまう。断るのは苦手だから、頼まれ事は引き受けてしまう方だ。自分にできることなら。
だからいつも損をする。
でも、今回ばかりはだめ。
なぁなぁで頷くのは、アイアンハイドにもこの男性にも、失礼だ。
深呼吸を一つ。それから、男性の目を見てしっかりと告げる。
「私の恋人は素敵なひとです。彼より好きになれる方は居ません。……だから、ごめんなさい」
男性は悲しそうだった。けれど、何となく笑顔になって「こちらこそ、突然すみませんでした」と軽く頭を下げて去っていった。
……逆ギレとかされなくて良かったぁ。ディセプティコンに殺されかけてからは人間なんて怖くも何ともなくなったけど、それはそれとして殴られたりしたら嫌だし……。
テレビやネットニュースでも恋愛沙汰で刺されたと聞くことがあるし、酷いときは亡くなってしまうことも少なくない。
だけど彼はいい人だったように思う。面倒だな、なんて思って申し訳ない。
それにしても、私の何が良かったのかな。見た目だって美人じゃないし、客と店員の間柄じゃ性格だって分からないだろうし。
……何と言えば、アイアンハイドはどうして私のこと、好きになってくれたんだろ。彼は私より素敵な女性をたくさん見てきたはずなのに、何で私のこと……。
「ただいま」
「あぁ……おかえり」
帰宅するとアイアンハイドが出迎えてくれた。おかえり、と少し照れくさそうにいう姿はちょっとだけ可愛かった。
お腹すいた! けど、まずはお風呂。バスタオルと部屋着を持って浴室へ向かう。
彼は以前も今も、絶対に覗かない。俺は男だぞ、と聞き飽きるくらい忠告してくるような真面目なひとが、そんなハレンチなことするはずもないけど。
……ただ、お風呂を上がってリビングに行くと、どうしてか大きな溜め息をつかれてしまう。それから「髪の毛はちゃんと乾かせ」と怒られるのがだいたいパターンだ。
さて、今日の夜ご飯は野菜炒め。チャッと火を通して焼肉のタレを絡ませ、熱々ご飯と一緒に頂く。焼肉のタレを焼肉に使うことなんて滅多にない。貧乏人なので!
「そう言えば今日ね」
食べながら、隣に座るアイアンハイドに告白されたことを話した。話すようなことではないんだけど、隠しておくのも……何となく、嫌で。
「……ってことがあって」
「なぁ、そいつ、」
「だめ!」
「まだ何も言ってないだろ」
アイアンハイドは眉をひそめた。
だって、殴るとか何とかって言いそうなんだもん。だめだよ、そんなの。
じぃっと見つめると、彼は分かった分かった、降参だと頷いた。
「まぁ、何だ。その男、見る目はあるんじゃないのか」
「ぇえ? そう?」
「あぁ」
もう遅いがな、と嬉しそうに呟く。そうだね、私はもうアイアンハイドのものだから!
ごちそうさまと手を合わせ、お皿を台所に片付けた。……洗うのは話し終わってからにしよっと。
「……ねぇ、アイアンハイドはどうして私を好きになったの?」
改めて聞くと、彼はえ? って顔をしてこちらを見た。返事もせず考え込んでしまったので仕方なく待っていたら、五分くらいしてからだろうか。ようやく口を開いた。
「好きなところは五万とある。鈴みてぇな声、ブラウンに輝く瞳、俺と揃いの黒髪……それから、俺だけに向けられる笑顔とか、な」
指折り数えていたアイアンハイド。聞かされる私は今にも褒め殺されそうで気が気じゃない。でも、始めたのはこっちだし、耐えなきゃ……! ぅぁあ……恥ずかしいっ……!
「あとは」
不意に私の手を取った彼は、親指で優しく撫でた。
「怖いはずなのにNESTの力になろうと努力する勇気。俺達トランスフォーマーのことも平等に扱う誠実さ。……そういう優しさにも惹かれる」
「そんな、こと」
私、優しくない。ワガママだし、自己中心的だし、何の力もないの。それに好きなひとにだけ良い顔するんだよ。平等って言ったって、誰でもってわけじゃないんだから。
「咲涼は優しい。前に言わなかったか? おまえは良い奴だ。色んな人間を見てきた俺が言うんだから間違いない」
「……ふふ、うれしい」
ほんとうに。アイアンハイドにそうやって褒めてもらえると、すごく嬉しい。だって彼は、円満な関係を築くために本心を隠して社交辞令を言うようなひとじゃないでしょ?
上辺だけを取り繕って、心の奥で言えない本音を抱えるようなひとじゃないでしょ?
だからきっと、こんなに伝えてくれた褒め言葉は本心なんだ。彼には、私がこう見えてるんだ。
うれしい。うれしい……。
「あー……だが……」
「うん?」
柔らかい笑みを浮かべていたアイアンハイドだったが、悩ましげに首を傾げた。
「どうして好きになったのか、俺もよく分からん。いつからなのかも全く。……笑顔を見ると、俺は咲涼が好きなんだとつくづく思うんだが」
不思議そうにこちらを見つめる。このひとは、なんか……もう……ッ! 無意識に言ってるんだとしたら、相当の女たらしね!
……いや、アイアンハイドのことだ。意識的にやってるわけがない。だから、これは純粋な気持ちってことで……あー、こういう真っ直ぐすぎるところに振り回されちゃうんだよなぁ!