デフォルトは「水無月咲涼(ミナヅキ キスズ)」となります。
最も偉大な発明家は誰か?
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43.お願いだから言うこと聞いて!
朝が来て、「おはよう」って笑い合いながら起き上がって。それから、呑気にする暇もなく慌ただしく出勤の準備をした。お弁当は適当におにぎりを二つ。
今日からバス通勤。アイアンハイドには留守番をお願いしよう。……しようと、思ってはいるんだけど。
「……アイアンハイド。遅れちゃうから」
「分かってる」
そう言いながらも、彼は私の腕を離さなかった。
「俺は一昨日目が覚めたばかりだぞ。俺の寝顔をずっと見ていたお前とは違う」
「そんなこと言ったって、私だって働かなきゃ。……ほら、バスの時間来ちゃう!」
乗り遅れたら遅刻確定。そのときアイアンハイドに頼れない以上は、バスに乗るため全力疾走も辞さない。
アイアンハイドは……寂しいのかな?
可愛いところもあるんだから。
「帰ってきたらいっぱい話そう? だからお願い!」
「……」
渋々手を離したアイアンハイド。いざ出勤、とドアノブに手をかけて……思い留まる。振り返れば彼は仏頂面で立っていた。どうして外に出ないんだって顔に書いてある。
「……わ、わすれものっ」
アイアンハイドの肩に手をかけ背伸びして、彼の頬に軽くキスをする。唇にするには、まだちょっと心の準備ができてない!
「なっ……咲涼っ」
彼は不意打ちに目を見開いた。腕を伸ばされたが捕まる前にするりと抜け、今度こそドアを開く。
「行ってきます!」
「……あぁ、気を付けて行けよ」
微笑んだアイアンハイドの言葉に、どうしようもなく胸が高鳴った。見送ってもらうのって、気持ちいいんだね。
よしっ! 仕事がんばっちゃおっと!
……なんて意気揚々と出勤したものの、二、三時間で彼が恋しくなってきた。今日はいつもより客足が伸びていて、考え事をするほどの余裕はないから気にならないものの、ふとしたときにアイアンハイドのことを思い出してしまう。
きっと家でテレビでも見ているんだろう。興味なさそうなわりに、意外と眺めていることが多いし。暇潰しにはなるよね。
「……最近、お休みだったんですか?」
「えっ?」
パンの袋詰めをしていたら、接客中だったスーツの男性が財布を片手に話しかけてきた。この人はたぶん、週に一回くらい来る人だ。この近辺に住んでるのかな。
「まぁ、はい」
「ご旅行ですか?」
……なんかやたら絡んでくるな。悪そうな人には見えないけど、まさかディセプティコンとかじゃないよね? ……目は赤くない。でもカラコンとか入れてるかもしれないし……。
怪しく思いながら適当な会話でやり過ごす。あれこれ詮索されるのは面倒くさい。最近、非現実的なトラブルが続いてるのも相まって、警戒心は高まっていくばかり。
「そうです。遠出したかったので」
また何か言われる前に会計の金額を告げる。男性は特に何も言わずお金を払って去っていった。
……今まであんな風に話しかけてきたことなかったのに。
一気に憂鬱な気分になって、それから一日モヤモヤしながら仕事をした。さっさと忘れればいいんだって分かってはいる。けれど、どうしても嫌なことを引きずってしまうタイプなのが私。
アイアンハイドのことを考えて気を紛らわせるのも……それはそれで問題がある。ニヤニヤしちゃうから。
「お疲れ様、水無月さん。久しぶりで疲れたでしょ? 今日は上がっていいよ」
「ありがとうございます! それじゃあお言葉に甘えて……」
まだ閉店後の作業が残っているけれど、先輩のおばさまが気を使ってくれて早く上がらせてもらった。
確かに疲れた。これからはちゃんと働かなきゃね。生活もかかってるんだから。
「お先に失礼します」
今日の晩ご飯は何にしよう。そう言えばこの辺りのスーパーでパスタが安売りしてたっけ。でも帰って茹でるのは面倒かも。買うだけ買っておこうかな。
スマホを開くと、アイアンハイドからメッセージが届いていた。できるのは電話だけじゃないんだ、すごい。
えー、なになに。夕飯は用意してあるから早く帰ってこい、だって。
うそ! うれしい! メニューは何だろうなぁ。アイアンハイドのご飯、すごく美味しいんだよね。
……片腕ないのにご飯作ったの? やだ、何でそんなこと……結構大変だっただろうに。帰ったら感謝と共に「無理しないで」って言わなきゃ。
ありがとう。スーパーだけちょっと寄って帰るね! 待ってて、と返信して、とりあえず安売りのパスタだけでも買いに行くことにした。
いざスーパーに行くとあれもこれも安いって色々買っちゃって、何だかんだ荷物が増えてしまったけど……これも生活のため。帰ったら小分けにして冷凍しなきゃ!
「よし、帰ろ」
重い荷物を抱え意気込んだそのとき。
後ろから肩に手を置かれ、驚きのあまり心臓が飛び出そうになった。
「ひっ……!?」
悲鳴をどうにか飲み込んでバッと振り返るとそこにはなんと、愛しい恋人の姿が! 片腕で何とか着たのであろうコートはちょっとぐちゃぐちゃ!
「あ、アイアンハイド!?」
「迎えに来たぞ」
そう言いながらナチュラルに買い物袋を奪ったアイアンハイド。口をパクパクさせる私を見て、してやったりって顔で笑った。
何でここに。どうやってきたの? 問いながら、彼のぐちゃぐちゃなコートを直した。せっかくかっこいいひとが素敵なコートを着てるのに、よれよれなのがどうしても気になっちゃって。……よし、いいんじゃない?
私の満足気な顔を見てアイアンハイドは「悪い、助かった」と微笑み、コートのポケットから薄い板状のものを取りだした。
「これを使ってバスに乗った」
見せてきたのは交通系ICカード。それ持ってるんだ!?
「早く帰ってこいって言っただろ」
「だって安売りしてたんだもん」
「それならまぁ、仕方ねぇか。ほら、帰るぞ」
頷いて歩き出す。ちょっと買い物して遅くなるだけなのに迎えに来てくれるなんて優しいな。心配性すぎるくらいだよ。
……あれ? ちょ、ちょっと待って?
「休んでって、言われてるよね?」
「……」
「ね?」
「……」
聞こえないふりでやり過ごそうとするアイアンハイド。そうはいくか。
「これは私が持ちます!」
「あっ、おい!」
買い物袋を奪い返す。重いと言えば重いけど怪我人に持たせる訳にはいかない。いくら彼が規格外に力持ちのエイリアンだとしても。
「ご飯も作ってくれてありがとう。気持ちはすっごく嬉しいよ。でも明日はちゃんと休んでて。ご飯とかは自分でどうにかするから!」
「だが咲涼、俺は心配で……」
「それはお互い様だよ」
アイアンハイドが私を心配してくれるのは分かる。でも同じように、私も貴方のことを心配してるんです。
「おねがい」
「……分かった」
彼は渋々、本当に渋々と言った様子で頷いた。分かってくれたならいいけど!
……ふふ、嬉しいな。こんなに想ってくれてるなんて。前は彼が変形したトップキックに乗って帰っていたから、こうやって歩くのもちょっぴり新鮮。
これだけで、幸せだなぁ。