デフォルトは「水無月咲涼(ミナヅキ キスズ)」となります。
最も偉大な発明家は誰か?
What's your name?
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37.全部あなたのせいだから!
「な……っ、……はっ?」
上から声にならない声が聞こえてくる。待て、とかどういうことだ、とか、ひどく困惑した声がいくつも並べられた。
私は少し体を離して、目を真っ直ぐに見てもう一度言う。
「アイアンハイドが好き」
何か言おうとしたのか彼は口を開いたけれど、はくはくと動かすばかりで何も発せられなかった。
何度も瞬きをして、視線は右に行ったり左に行ったり。すぅ、と深呼吸をしたと思えば、ようやく言葉を紡いだ。
「本当に、俺が……?」
「そうだってば」
「いや、そんなはずない」
何で! 本人がそう言ってるんだから間違ってないでしょ、何を根拠に否定してるの?
信じてくれないんだ。ひどい。
「……そう言うアイアンハイドだって、好きだなんて口から出任せでしょ」
「何だと?」
瞳がキッと鋭くなる。
なによ。私、変なこと言いました? 貴方と似たようなこと言ってるだけですけど?
「いきなりあんなこと言われて信じられると思う!? しかも目の前で好きなひとが死にかけてるのに“笑顔を見せろ”なんて無理でしょ!」
「言葉を返すようだが突然じゃない告白ってどんな告白なんだ!? あとな、こっちだって最期くらい好きな奴の好きな顔見たいと思って当然だろうが!」
はぁ!? こっちはボロボロ泣いてたの見えてないの!?
そもそも私だって聖人じゃないんだから、いくら死に立ち合ったとしても好きじゃないひとでは泣けないよ!
「……もう知らない。言うんじゃなかった」
シーツを握り締めて唇を噛む。枯れきったと思った涙がまた出そうになるけど、ここで泣いたら負けたような気がして必死に耐えた。
「おい、噛むな。血が出るだろ」
「やめてよ、触らないで」
苛立った表情のまま手を伸ばしてくる。それを軽く叩いて避けると、彼は溜め息をついた。
「俺が寝てる間にずいぶん性格が変わったようだな?」
「誰のせいだと思ってるの!」
元はと言えばアイアンハイドが私の言うことを信じてくれないからでしょ。私だってへらへら愛想笑いするだけじゃないんだよ。怒るときは怒るんだからね。
「……俺のせいか?」
ふっと笑みを浮かべたアイアンハイド。それがどうしようもなく嬉しそうに見えて、怒りで沸騰しそうになっていた頭が急速に落ち着いていくのを感じた。
何笑ってるの、とか、自覚があるなら何よりですね! だとか、そんな文句をぶちまけたい。
それなのに、なんだか怒る気力が湧かなくて。
「……そうだよ。アイアンハイドがいつまでも寝てたせい」
「待たせて悪かったな」
ぐいっと引き寄せられ、先ほどよりも強く強く抱きしめられる。
「わわっ!」
驚きのあまりアイアンハイドの腕の中で身を固くしてしまう。さっきみたいに擦り寄ったりはとてもできない。
腰の辺りに回された右腕は振り解けないほどぎゅっと力が込められ、逃がさないと言わんばかりに首筋に顔をうずめる。
「ち、近……!」
「嫌か?」
「い、いやってほどでは! でも、ちょっと……恥ずかしい、っていうか……!」
今までこんなに近かったことはない。いきなりこんなに急接近したら心臓が耐えられないかも。
「少し我慢してくれ。……生きている実感が欲しいんだ」
「あ……」
ちょっとだけ弱々しくなった声。どうしようか悩んで、アイアンハイドの背中に腕を回した。
「だいじょうぶ。だいじょうぶだから」
「……良い夢を見てるみたいだ」
「やだな、現実だよ」
アイアンハイドは強くて逞しい。それは彼を知る人物なら誰もが分かっていることだろう。
でも彼だって生きている。戦いに慣れていても死を恐れないことは、ないんだ。
「腕も、ジョルトとラチェット先生が治してくれるって」
「そうか……ジョルトには感謝しないとな。あのまま錆びが回れば本当に死んで……待て。ラチェット?」
アイアンハイドの驚いたような焦るような声の直後、医務室の扉が開かれた。
「私の名前を呼んだかな。……おやおや、お邪魔だったかい」
やたら笑顔で医務室へ入ってくるラチェット先生。抱き合う私達を見てわざとらしく目を見開く。
さすがに恥ずかしくなってそそくさと離れ、私は椅子に座った。
アイアンハイドはと言うと、やらかした、みたいな顔をして頭を抱えている。
「……聞いてたのか」
「いいや。入るタイミングを少しばかり伺っていただけさ」
それは聞いていたと言うのでは!?
「そうでなくとも声は外に漏れていたけれどね。特に口喧嘩なんかは」
「わ、忘れてください……!」
「ふむ、努力しよう」
頷いたラチェット先生だったが、この顔は今後もからかう気しかない顔だ。そういう悪い顔をしている。
「それはともかく……目が覚めて良かった、アイアンハイド」
「あぁ。だが目が覚めただけだ」
「違いないな」
やることはたくさんある、と先生はアイアンハイドの検査を始めた。ヒューマンモードでも分かることがあるらしい。
「立ち上がれそうか?」
「……あぁ、何とか」
「十分だ。明日、ロボットモードで状態を確認するから今日は休め」
「分かった」
検査を終えた先生はさっさと医務室を出て行った。「他の連中に邪魔はさせないようにするから、二人で好きなだけ話すといい」と言い残して。
「アイツ……余計なお世話だ」
閉じられた扉に文句を吐くアイアンハイドだったが、軽く首を振って小さく息をついた。
どうせ、いつかはバレることだったから、と。
「咲涼。お前も寝ろ。……ひどい顔だ」
「それもアイアンハイドのせいだよ。ずっと付きっきりだったんだから」
心配でろくに寝れなかった。それももう必要ない。あー……久々にゆっくり寝れるかも。
ぐーっと伸びをして立ち上がった。
アイアンハイドが目を覚ましたら安心して、疲れがどっと押し寄せてきた。ちょっと横になりたいな。
「どこに行く?」
腕を掴んで引き止められる。
「えっ? 隣のベッドに……」
「目が覚めたら付き添ってくれないわけか。寂しいもんだな」
「えぇ……? ど、どうしろと……」
「こっち来い」
彼は軽く腕を引くので、されるがままに近くへ寄る。するとアイアンハイドはそのまま私をベッドに引きずり込んだ。
あやうく、ぎゃっ! なんて可愛げのない悲鳴が出るところだった。本当に危ない。
「今日はここでいいだろ」
私を自分の腕に閉じ込め、ふんと満足気に笑う。私の力では抜け出すことはできないだろう。
「ぁ……アイアンハイド、なんか性格変わったねっ……」
「あぁ、自分でも驚いてる。だが、好きな奴にはこんなもんなんだろ」
「はずかしく、ない?」
「目の前で死にかけるなんて恥を晒したんだ。それ以上に恥ずかしいことなんざ無いな」
本当に何も思うところはないようであっけらかんとしている。
戦士であるアイアンハイドの恥の基準はそっちなんだ。私はこうやって抱き合ってるのが全然慣れないけど……ううん、彼の好きにさせよう。
今日は大人しく、彼の腕の中で眠ることにした。
……ね、寝れるかな。