デフォルトは「水無月咲涼(ミナヅキ キスズ)」となります。
最も偉大な発明家は誰か?
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36.夜、苦しみと喜びを並べて。
どれくらいの日付が経っただろう。一週間、いや、ほんの数日? 感覚が麻痺している。毎日カレンダーは見ているのに。
結局私は翌日になって、片時も離れたくないという言葉とは裏腹に自宅へ帰り、パン屋に出勤した。けれど店主のおじいさんに「酷い顔だ。何かあったんだろう」と心配され、有給休暇を使ってアイアンハイドの顔を見続けている。
この状況はアメリカの本部に伝えられた。バンブルビーとサイドスワイプは本部へ戻り、代わりに数名のトランスフォーマーと、アイアンハイドの相棒だというNEST隊員がやってきた。
レノックスと名乗った彼は日本語が通じないから、通訳してもらいながら話をした。アイアンハイドのことを真っ先に謝ると「あんたのせいじゃない」と言われた。
やったのはディセップであり、私を守ることを選んだのはアイアンハイドだから、と。
「咲涼」
「あ……オプティマス……」
青い髪はジョルトと似ているようでわずかに違う。全身から漂う雰囲気は厳格さを思わせ、それでいて穏やかな表情に安心させられる。
彼はオプティマス・プライム。オートボットのリーダーで、立場上アイアンハイドの上官と言える。
アイアンハイドの様子を見に、そして予想以上に集まっているディセップを片付けるために日本までやってきた。
「まだ目を覚まさないのか」
「はい……」
ぴくりともしない。生きているのか、死んでいるのか、見た目だけじゃ分からないほど。
「このまま、一生起きなかったらどうしよう……」
毎日のように考えている最悪の結末。有り得ない話じゃない。もしそうなったら、私はどうすればいいだろう。
いや、どうなるんだろう。
「そうはさせないさ」
先生──ラチェット先生が何かジョルトと共に作業しながら、微かに笑った。
「彼は異常に強い。武器のスペシャリストは伊達ではないからね」
「あぁ、その通りだ」
彼らのアイアンハイドに対する信頼は厚い。それほど時間を共にし、協力してきたってことなんだろう。
「その分、治すのは骨が折れるな」
「やるしかなかったんです! 分かるでしょう! あー、だから呼びたくなかったんだよ」
「お前だけでどうにかなるとでも? ジョルト」
嫌そうな顔をするジョルトと、からかうような笑みを浮かべる先生。
きっとNEST本部の日常はこんな感じなんだろうな。私から見れば頼りになるジョルトも、先生の前では若い助手。
実際、ラチェット先生は眠るアイアンハイドにあらゆる処置を施してくれた。ひとまず命に問題はない状態まで持ち直したらしい。
でも、失った左腕のことは彼が目を覚ますまではどうにもならない。
「……早く起きて」
貴方の強い味方がたくさん来てくれた。みんな貴方に言いたいことがあるんだって。私だけじゃなかったんだ。
みんな、貴方が大切なんだよ。
夜になるとあの日のことを思い出す。アイアンハイドが倒れたあの日のことを。その度に泣きたくなるけれど……彼はすぐに起き上がる、だから大丈夫だと自分に言い聞かせて耐えている。
「私が泣いたって仕方ないもんね」
アイアンハイドを除けば医務室には私一人。誰も返事なんてしてくれない。
不意にカーテンの隙間から月が見えて、導かれるように窓辺に近寄った。
嘘みたいに綺麗な三日月。周りに雲はなく、星と共に輝いてる。よく晴れた寒い日は月や星が綺麗に見えるっていうもんね。確かに今日はかなり冷えてて、条件はいいのかも。
こうやって月を見ることなんてあんまりない。夜はカーテンを締め切った部屋にこもっていて外出なんて滅多にしないから。
アイアンハイドと、お月見とかできたらいいな。そんな時期はとっくのとうに過ぎちゃったけど、来年でも、再来年でも、いつか……。
それに、あと一か月くらいでクリスマスシーズンがやってくる。そのときはイルミネーションとかも一緒に行きたいな、なんて一人であれこれ考えちゃってるけど……どうだろう。
「アイアンハイドはイルミネーションなんて興味ないかもなぁ……」
「──そうでも、ないぞ」
静かな部屋に響いた低い声。思わずひゅっと息を飲んで振り返ると、薄暗い部屋で白いシーツが蠢くのが見えた。
カーテンがはためいて、その奥で青い目が、月の光を反射して輝いている。
「ぁ……アイアンハイド……?」
「逆に聞くが、それ以外の何に見える?」
弱々しく笑いながら起き上がった。慌てて駆け寄ってそれを支えるように背中に手を添える。左腕はだらりと垂れ下がっているけれど、他はそれほど問題なく動くみたい。
本当に、目が覚めたんだ。
「起きるのが遅いよ……!」
「あ? おい、また泣いてるのか」
アイアンハイドの右腕が伸びる。私の頬に優しく触れ、そっと撫でた。泣いてない、ただ、ちょっと、感情が溢れちゃってるだけ。
「おはよう、アイアンハイド!」
「……あぁ、おはよう」
両目から零れる涙は止められない。でももう苦しい気持ちはなくなった。今はむしろ嬉しさで笑顔が滲み出るくらい。
下手くそな作り笑いなんかじゃない。心からの笑顔。
「アイアンハイドが起きたら、言いたいことがたくさんあったの」
「ん、何だ」
柔らかい笑みを携えながら、彼は小首をかしげた。頬を撫でる指で涙を拭き取ることも忘れずに。
私はそんな優しい手を離すと、「あのね」と頷いた。
「──死にそうなときに告白するなんて信じられないッ! こっちの都合なんか考えずに言いたいこと言っちゃってさ! 私の気持ちもちょっとくらい考えてよッ!」
「え……あ……?」
腹の底から怒鳴る。問題ない。この時間ならみんなまだ起きている。何なら今の喧しい声はナースコールの代わりになる程度だろう。
アイアンハイドは口を開けてぽかんとした。いきなりのことで思考が追いつかない様子。それとも私がこんな風に騒ぐなんて意外だった?
「咲涼……?」
「それもずるいよ! なんで最期に名前で呼ぶの!? あんなタイミングで……映画の見すぎじゃないの!? こっちは、こっちはそれどころじゃなかったのに……!」
名前を呼ばれただけで胸が高鳴ってしまったんだ。あんな状況で。想い人が目の前で死にそうだったのに。そんな彼に名前を呼ばれたことで、胸が締め付けられた。
咲涼、なんて……絞り出すように言われたら。
もっと呼んでほしいって、思っちゃうでしょ。
「あのまま死んじゃったらどうしようって……不安だったんだから……!」
あの夜を思い出すと怒りはいつしか悲しみに変わって、また涙が零れ落ちた。
「アイアンハイド……ほんとに、死ななくてよかったぁ……! ぅあぁぁ……っ!」
「咲涼……な、泣くな……!」
子供みたいにわんわん泣く私を前に、彼はひどく焦った様子で片腕を右往左往させた。顔に伸ばそうとしたり、頭の方へ向かったりしながら、最終的に空中で動きを止める。
何でそうなるの! 全っ然だめ!
「こういうときは抱き締めてよッ!」
「あ……あぁ……」
ぎこちない動きで頭を抱き寄せるアイアンハイド。「これでいいのか……?」なんておずおずと聞かれ、まぁいいでしょう、と頷いた。病み上がりだもの。
くっついたついでに、少しだけ彼の胸元に擦り寄った。
「ぐす……っ……あのね、アイアンハイド」
「今度はどうした」
「私も、出会えて良かったと思ってる」
それからね。もう一つ言いたいの。
「……好きだよ」