デフォルトは「水無月咲涼(ミナヅキ キスズ)」となります。
最も偉大な発明家は誰か?
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33.伝える勇気はないし、強さもない。
『お前も色恋沙汰に興味はあるんだな』
帰りの車内。時間はもう夕方。ラジオから聞こえてくる声はいつもと変わらず落ち着いていた。
「そりゃあ、生きてるんだから誰かを好きになることくらいありますよ」
私だって好きになろうと思ってたわけじゃない。気付いたらそうなってただけで。好き嫌いなんてそんなもんでしょ?
「そのひととお付き合いできるとは思ってないけど……」
『何故だ?』
「な、何故って……色々事情があるんです!」
住む世界が違うからだよ、とは言えない。
貴方と私じゃ何もかもが違う。トランスフォーマーにも恋愛感情はあるみたいだけど、だからって人間に恋するかどうかは分からない。
そもそもこうして話をしているだけでも夢みたいな出来事なのに、それ以上なんて望めないよ。
『事情? ……その男には相手が居るとかか?』
「あはは、違う違う。ただ、そのひとと話せるだけで幸せっていうか……気持ちを伝えるのも、勇気が要るし」
アイアンハイドにとって私は護衛対象に過ぎない。そんな人間から気持ちを伝えられても迷惑だろう。
でも、想う分には自由でしょ?
『勇気が要る、か。分からないな』
「アイアンハイドはそうかもねぇ」
好きな人は居ないって言ってたし。アイアンハイドは思ったことを何でもかんでも言ってしまえる度胸がありそうだし。
『……お前に慕われるその男は気分がいいだろうな』
「え、な、何で」
『人間はろくな奴が居ない。だが、お前が悪い奴ではねぇってのは確かだ』
それは……うん、素直に嬉しいな。誰かを褒めそうにない彼のこの言葉は、十二分に褒め言葉だと言える。
まぁ、かなり複雑な気分だけど。
「ふふっ、アイアンハイドとこんな話するなんて思ってなかったな」
恋とか愛とか興味なさそうなのに。
あーあ、好きだって言えちゃったらいいのにな。でも、好きだからこそ迷惑はかけたくないし。
『俺も生きているからな。それなりに興味はあるさ』
「意外すぎる」
戦うことしか興味ないんじゃなかったっけ?
「あっ! アイアンハイド、スーパー寄りたいからそこ左に曲がって!」
『分かった』
いきなりの指示にもトップキックは車体を揺らさず、丁寧な左折をした。スピードを出しすぎることもなく、穏やかな運転だ。
こんな時間がずっと続いたらいいのに。
──そんな淡い望みを願ったとき、衝撃音と共に車体が大きく揺れた。段差に乗り上げたとか、そんなもんじゃない。横から思い切り突っ込まれたような、息が止まるほどの振動。
「うっ!?」
『チッ……! 来たか!』
揺れをものともせず走行しながら変形したアイアンハイドは、私を優しく掴んでそばに下ろした。
衝撃でクラクラしながらも何とか踏ん張る。咄嗟に振り返るとそこに居たのは、銀の巨体に鋭い爪を持った、深紅の瞳の──ディセプティコンだった。
『欠片を寄越せ!』
『誰が渡すか! 水無月、逃げろッ!』
アイアンハイドの怒号に、反射的に走り出した。
ディセプティコンが現れた。そうだ、元々奴らをおびき出すために、今の生活が始まったんだった。
毎日が平和で、楽しくて、敵の存在なんて……忘れてた。
宛もなく必死に走る私の目の前に、空から何かが降ってくる。大きくて、恐ろしいもの。
『やぁ、人間ちゃん』
わざとらしく首をかしげて話しかけてくる。それは、たぶん、ディセプティコンだ。
『欠片はどこかな。貴方が持ってるって聞いたけど?』
「そんなもの、もう持ってない!」
『“もう”? じゃあ今はどこに?』
今は……確か、アメリカにあるはずだ。NEST本部に送ると言っていた。何より、オールスパークの欠片だなんて大層なものをいつまでも人間に持たせておくはずがない。
「残念だけど知らないね!」
『そう』
ディセプティコンは少しずつ近付いてくる。後ろの方ではアイアンハイドがドンパチやっていて、逃げ場がない。
それでも、伸ばされた手をすり抜け必死に逃げる。どうにかディセプティコンの向こうまで行けたら……!
『捕まえた』
「いっ……!」
容赦なく掴まれ、顔の目の前まで持ち上げられる。トランスフォーマーの表情は分かりづらい。それでも、このディセプティコンが嫌な笑みを浮かべていることだけは分かった。
『優しい言い方をしているうちに答えた方が身のためだ』
「しらない……っ」
『あぁ、そうかい』
ディセプティコンは私を掴んだまま穏やかに言った。
『君は虫を殺したことはあるかな』
「は……」
『ないことはないだろう? 蠅や蚊……まとわりつく虫は鬱陶しいものだろうしね』
なに、を……一体、どういう……。
『我々にとって人間は、そういう虫と同じだよ』
「あ……」
殺される。
私を掴む手に力が込められていく。肺がぺしゃんこに潰れ息ができなくなっていくのが、ひどく冷静に感じられた。
このまま終わっちゃうんだな。お別れくらい、言えたら良かったのに。
『やめろッ!!』
霞む視界の端に、黒い体が映る。
その直後、私を苦しめていた手が緩められ地面に落とされた。全身を打ってしまったけど正直それどころではない。
「アイアンハイド……!」
目の前では彼がディセプティコンと戦いを繰り広げていた。ついさっきまで彼が相手していた奴は……既に、倒している。
『そいつに手を出したなッ! スクラップにしてやるッ!』
両腕のキャノンから淡く光る弾を鋭く放つ。ディセプティコンはそれを身軽に避けるが、不意に肩に一発当たった。
それを境に弾丸は全身を撃ち抜く。敵はよろめいて膝を着いた。
『クソったれが……!』
アイアンハイドは怒りを露わにし敵を鷲掴みにすると、腕を引きちぎり足をもぎ、ゼロ距離で頭にキャノンを撃った。
ディセプティコンは目の光を失い、残る手足をだらりとぶら下げた。
彼はそれを放り投げると、呆然とする私の前に片膝を着いた。
『大丈夫か』
「ぅ、ん……」
『水無月、怪我が……』
伸ばされた手。思わず後ろに避けてしまう。アイアンハイドはそれを見てわずかに目を見開いた。そして伸ばした手を握り、自身の方へ戻してしまう。
「あ……ち、違っ……」
『いや……気にするな。当然の反応だ。じきにジョルト達が来る。手当してもらえ』
違う、違うの。アイアンハイドが怖いわけじゃない。ただ、ただ少し、びっくりしちゃっただけなの。
だってこんな、銃とかそういうの見た事ないし、アイアンハイド達が身を置いてるのは、生きるか死ぬかの戦場なんだって、思い知らされて……。
立ち上がったアイアンハイド。せめて言い訳だけでも聞いてほしくて、見上げると、彼の後方に巨大な銃口が見えた。
「アイアンハイド後ろッ!」
彼が振り返るのと同時に銃口から弾が放たれた。そしてそれはアイアンハイドの左腕に直撃してしまう。
でも、それは普通の銃とは違って見えた。