デフォルトは「水無月咲涼(ミナヅキ キスズ)」となります。
最も偉大な発明家は誰か?
What's your name?
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30.I'm not myself.
水無月咲涼の自宅で過ごすようになって早ひと月。季節はすっかり冬だ。あまり雪は降らないが、気温が低いのは人間には堪えるだろう。この程度なら俺は何ともないが。とはいえ薄着をしすぎると不審な目で見られてしまうから、仕方なくコートや手袋を身につけている。手間がかかるから早く季節が過ぎてほしいもんだ。
相変わらず俺は護衛を続けている。業務のほとんどは若い連中に任せっきり、俺は水無月の傍についているだけでやることはほとんどない。暇なのは、まぁいいことだ。それだけ平和だという証になる。
「アイアンハイド、私も持ちますよ」
「いい。お前は非力だからな」
「ひどい!」
水無月が仕事を終え、帰宅途中にスーパーに寄った。荷物持ちは俺の担当だ。この程度の重さは大したことない。トランスフォーマーをぶん投げるだけの力を持つ俺が、こんな数リットルの液体で音を上げるはずもない。
コイツはいまいちその点を理解しきれていないようだ。確かにヒューマンモードはロボットモードよりも弱体化しているが、ただの人間より遥かに強いっていうのに。
「お前と居ると、俺が普通の人間のように思えてくる」
コイツはいつまでも俺を一人の人間扱いする。だがそれは見た目だけで、本当は大きな地球外生命体だ。水無月咲涼とは根本的に全てが異なる。
「俺をその辺の人間と同じように扱うな」
「そんなつもりはないんですけど……」
困ったような笑みを浮かべる水無月。彼女はいつも誤魔化すように笑う。怒ることも、悲しむこともなく、ただ場を荒らさないように笑うばかり。
それが彼女なりの処世術なんだろうな。人間社会は俺達よりもよほど複雑で面倒だ。NESTに居るとそれがよく分かる。
だから人それぞれの対処法があるのも納得はできる。レノックスもそうだしな。
だとしても、こんな仮面みたいな笑顔なんて……見たくはない。
「俺はお前達とは違う」
「でも、アイアンハイドも生きてるでしょ? 一つの命って意味では同じですよ!」
にこっと笑う。これは多分、それなりに本心の笑顔だろう。
「それに私にとってアイアンハイドは特別だから、何を言われても気遣いはやめられないです」
スパークがぐちゃぐちゃに乱れる感覚がする。それがとても苦しいのに、不思議と心地よい。
いつもはそれなりに回るはずのブレインサーキットは渋滞を起こして、何と返せばいいのか分からなくなった。
……コイツの、こういうところが、俺をおかしくさせるんだ。
「物は言いようだな」
「いたっ」
デコピンをかますと、水無月はむっとして額を押さえた。手袋をしているぶん、さほど痛くないとは思うが。
「ひどいなぁ」
「手加減はしたぞ」
水無月にとってトランスフォーマーは未知の生命体であり、恐怖の対象のはずだ。
だから言いたくなかった。“アイアンハイド”が黒いトランスフォーマーであることを。
言えば態度が変わると思った。この仏頂面でも、人間であるうちはそれなりに友好的な関係を築けるだろうとも。
こんな人間にどうしてそう考えたのか。……あるいは、どうしてそう願ったのか。俺自身よく分からない。
だがどちらにせよ、水無月咲涼の態度は怖いくらい変わらなかった。人間だろうと、トランスフォーマーだろうと。
「痕ついてません?」
「……いや、ついてないな」
「ほんとに?」
めちゃくちゃ痛いんだけどな、とぼやく水無月。問題ない、痕はすぐに消えるさ。
「治らなければジョルトに言いつけてもいい」
「えっ! じゃあやっぱり痕はついてるってこと?」
「ふっ。そうとも言えるな?」
思わず笑ってしまった。水無月の前では自分が自分でなくなるようだ。普段の俺はこんな奴ではない……と、自分では思うのだが。
「……」
口には出さないものの、拗ねたような顔で額を擦る。
「悪かった、ちょっとした冗談だ。もう痕は消えた」
「……ほんとですかぁ?」
「本当だ」
いまいち納得していない顔だが、ひとまず額から手を離した。うっすら残っているような気も……いや、大丈夫だな。
──柄にもなく、この平穏を手離したくないと思う自分が居る。常に戦場に身を置き、それが当たり前だと思っているはずの俺が、何をそんな馬鹿みたいことを言っているんだろうな?
俺は武器のスペシャリスト。戦場を離れてしまえばトランスフォーマーとして生きることはほとんどなく、ただの車になってしまうだろう。
あらゆる装備を使いこなし敵を打ちのめすことこそ俺の存在意義だ。そうやってオプティマスの力になり、オートボットの一員として生きてきた。
だが、もし一つを選ばなければならないとしたら。
自分。仲間。それ以外の何か。どれか一つしか守れないとしたら。そのとき俺は何を選ぶだろう。
「……ほら、早く帰るぞ。見たかった映画がテレビでやるんだろ」
「今日も乗せてくれますか?」
「今更何を……」
お前のことは毎日乗せているだろ。
俺が好きでやってることだ。わざわざ聞くな。