デフォルトは「水無月咲涼(ミナヅキ キスズ)」となります。
最も偉大な発明家は誰か?
What's your name?
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1.初めまして、外人さん。
「いらっしゃいませー」
もう何度この言葉を言っただろう。毎日やってくるたくさんのお客様に、聞いているのかどうかすら分からないこの挨拶を投げかける。
室内はパンの匂いで溢れていて、四六時中嗅いでいると鼻がおかしくなりそうだと思っていたのも最初のうちだけ。要は慣れだ、何事も。
「メロンパンお一つ、カレーパンお一つ……」
値札のついていないパンでも、既に金額は覚えている。新商品は月にいくつか出るけれど、それを覚えるのもすぐだ。ずっとレジに入っていれば嫌でも記憶しなければならない。それが仕事ってものだ。
わりと散々な人生だな、と思う。
高校までは良かった。
友達と馬鹿やって、明確な目標もなく「大学に行ってまで勉強したくないよね~」なんて言って、正社員として就職した。
そのときはもちろん嬉しかった! 会社勤めってだけで、曖昧な憧れを抱いていたものだ。カッコイイよね、退勤後にカフェとか行ったり!
でもその会社は合わなかった。すぐ辞めちゃった。
たぶん、この就職のときから何か間違えてたんだろうなぁ。
それからフリーター生活。それなりの給料でそれなりに生きてきたけど、やりがいのある仕事はしていた。
でもどんどん人が退職して、業務が増えてきて、私一人の負担が多くなって……いつからか職場に通うのが怖くなり、仕事が続けられなくなった。それまでずっと、ずっと頑張ってたのに。
うーん、なんて言うか、限界が来ちゃったんだ。ぷつっと、糸が切れたみたいに。
消えたいと思った。仕事だって頑張ってたのに、結局は長続きしないんだなって思うと、自分がすっごくダメな人間に思えて、何も考えたくなくて家に引きこもっていた。
だけど何にもしないで引きこもってたら、結局ネガティブ思考に引きずられちゃうんだよね。それならあてもなく散歩してる方が気が楽だったから、完全な引きこもりってほどでもなく、ちょっと健康的だったかも。
それからなんやかんやと色々あったけど…………数年が経った今ではフルタイムに近い時間で働きながら何とか一人暮らしをしている。
給料はそれほど多くないけど、贅沢な暮らしをしなければ生活はできる。
今の職場のパン屋は、余れば賄いで食べられる。食費もちょっと浮く。ありがたい。
ともあれ今は、こういう私のジメジメした過去について話せる程度には元気になりつつあるのだ。
それでも……漠然と、「こうやって何も成せないで一人寂しく死ぬんだろうか」と不安を覚える。
恋人はなし。友達は数人。心に爆弾を抱えている。両親もいつかは死んでしまうから、頼れる先もなくなる。
どうしようもなくなったとき、私は、ちゃんと生きていけるんだろうか。
──こんな考え事をしていても、腕は勝手に動くもの。パンを袋に詰め、お金を受け取ってお釣りを渡す。
カランコロン、と扉が開く音がして、また私は定形の挨拶をした。
「いらっしゃいませ」
入り口を見てハッとした。
入ってきた男性はすごく背が高かった。黒いTシャツに迷彩のカーゴパンツ、ゴツイ靴……コンバットブーツと言うのだろうか。
わぁ。何この格好? 軍人さん? いや、サバゲー好きなのかな?
突如現れた大柄な男性に、店内に居た他のお客様は慌てて会計を済ませていった。気付けばその男性だけがトレーを持ってパンを吟味している。
無造作な黒髪のオールバック。目が青い。外人さん? 彫りも深いし、日本人ではないな。
よく見れば右目には縦に傷跡が走っている。ぇえ? それ本物? やば……。
男性がこちらにやってくる。じろじろ見ていたのがバレてしまったかと思って慌てて目をそらす。
男性がレジにトレイを置いたので会計を進めた。クリームパンなどの甘いものもあるが、どちらかと言うとピザパンやら唐揚げの挟まったパンやら、しょっぱい系が多い。
「袋お使いになりますか?」
「いや、持っている」
「ではこちらでお詰めしましょうか」
あぁ、と頷いた男性はポケットからエコバッグを取り出した。
「ぇ……かわいい……」
「……」
「す、すみません」
だって! だってうさちゃんの柄なんだもん!
これたぶん、この人が買ったやつじゃないでしょ!
彼女か誰かの物で、無理に持たされたんでしょ。絶対そうだよ!
男性はうさちゃんバッグを持って店を出た。
「え~……まじか」
顔は常にしかめっ面で怖いけど、あぁいう可愛いバッグを持ってるなんて。しかもあの……こう、オラついた格好で。
ギャップ萌えってこういうことか。
その日は、仕事中はおろか寝る直前までパン屋にやってきたうさちゃんバッグの軍人さんが頭から離れなくて、完全に寝不足になってしまった。
「……また来ないかなぁ」
「誰が?」
パンの品出しをしていた井上さんがこちらに顔を向けた。彼は私より少し年上で、一年ほど早くこのパン屋で働いている。可愛い彼女さんと仲良く同棲中だそうだ。羨ましいね。
井上さんは昨日休みだったっけ?
「昨日、軍人みたいな格好した男の人が来たんですけどね、うさぎ柄の可愛いエコバッグ使ってたんですよ~」
怖い顔してたけどわりとイケメンだった。外人さんなんて来ないし、眼福だったのでまた見たいな。
うーん、でもこの辺に軍人さんが来そうな施設なんてあったっけ? 自衛隊の基地とか、そういうのもないし。
「……あ!」
パンが並ぶ窓際越しに人影。やたら背の高い黒の影。
昨日の外人さんだ!
「いらっしゃいませ!」
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