デフォルトは「水無月咲涼(ミナヅキ キスズ)」となります。
ひどい病気には思い切った処置を。
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43.愛が重い騎士様。
『《昨夜はよく眠れましたか? 本日同行することになりました》《Bumblebee》《と申します》』
「おはよう、バンブルビー」
今日はオプティマスさんじゃないんだ。いつも朝は迎えに来てくれるけど……当然だ。きっと昨日の敵のことで忙しい。
私はドアを開けてくれたバンブルビーにお礼を言って乗り込んだ。そうしてカマロはゆっくり走り出す。
毎日毎日、トランスフォーマーの方々を足に使うのは何だか申し訳ないな。ここから歩くには食堂やら何やらは遠すぎるけど、誰かが迎えに来なければいけないのって面倒じゃないかな。
「バンブルビーは忙しくないの?」
『《なに、大したことないよ》《姫をお迎えするのが騎士の役目》《本当はアイツだって》……《お偉いさんは大変ですねぇ》』
「お偉いさん、ね。確かに」
みんな私の分からないところで色々あるんだろうし、私がその役に立てることはないし……ラチェットさんも戦場に行くんだとしたら、私はどうするのだろう?
私は戦う術があるわけでもないから、一緒に居ても邪魔だろう。……せいぜいみんなが帰ってきたときのために、治療の準備をしておくくらいかな。
『《お嬢さん、顔を上げて》《ネガティブ思考は良くないぜ》』
「えー、そんな暗い顔してた?」
無意識だ。というか、考えてることが全部顔に出ちゃうんだろうな。
「ご飯食べたら自分でどうにかするから、バンブルビーも仕事に戻って」
『《しかし》』
「大丈夫。私もここでの生活はとっくに慣れてるんだよ?」
『《いいえ、大切なことは他にあるわ》』
大切なこと? 何かあるかな?
『《お客様の中にお医者様はいらっしゃいますか?》《デートのためにおめかししたのよ》《楽しみで眠れなくってさ~》……《そうでしょ?》』
「……ぇえ? ラチェットさんが呼んでるってこと? でもデートなんて行けないよ。“お偉いさん”は忙しいんでしょ? ……うわっ!?」
バンブルビーは急停止して、私を車内から追い出した。すると彼は本来の姿にするする戻っていく。現れた顔はなんだか悲しげだ。
『《問題ないさ、問題ないとも》』
「何でバンブルビーがそんな顔してるの? 私は大丈夫だよ」
『《覚えておけ、ひよっこ。いついかなる時も戦場は我らの隣にある》』
《明日のことは忘れて、今を楽しもうぜ!》
《なぁ、オネーサン!》
バンブルビーのラジオはそれっきり何も発さなくなった。
いいの? 本当に? 迷惑かけてない? いや、それを言うと今こうして迷惑をかけている気もするけど……。
……なんか、泣きそうになってきちゃった。自分が情けなくって。
『──咲涼!』
やけに拡声された音。声がした方を見れば、見慣れたトレーラートラックが猛スピードで走ってくる。
目の前でトランスフォームしたそれは、私とバンブルビーの間を壁のように阻む。
『バンブルビー、咲涼に何をしている?』
「オプティマスさん! 何にもされてないよ! オプティマスさん!」
『咲涼、庇う必要はない。すまない、早朝から会議でどうしても手が離せず……だがこんなことならば会議を放棄してでも来るべきだった』
大きな手のひらで、私をそっと抱き上げる。その手は優しくて何とも言えない気持ちが込み上げた。
いや、こらこらこらこら! それはいかんでしょ!
オートボットの司令官なんだから会議は出ないと! そもそも、私がバンブルビーに何かされたと思っているみたいだけど、勘違いだから!
「オプティマスさん、聞いて! バンブルビーには何もされてないから!」
『本当か?』
「ほんと! バンブルビーからも何か言って! ……なに、その顔は?」
バンブルビーは何も言わなかった。代わりに悲しげな顔は消え失せていて、目を細めてにっこり笑っていた。
『《真の騎士が現れたようだ》《俺は代理に過ぎないってわけ》《愛が重いねぇ》』
やれやれ、仕方ないな、と言いたげに首を振ったバンブルビーはこちらにウインクをしてビークルモードになる。去っていこうとするバンブルビーに慌てて、
「バンブルビーはバンブルビーだよ! 代理なんかじゃなくってさ!」
と投げかけると、何度かランプを点滅させて走り去った。
オプティマスさんのじっとりとした視線が怖いけど、それはそれとしてバンブルビーのことは大切だ。彼は彼の好きなところがあるのに、代理だなんて冗談でも悲しい。
それを分かってほしかった。だからいいでしょ?
『咲涼、もしや……』
うーん、これは浮気を疑ってるな。
「違います、ほんとに何もないよ。バンブルビーはただ、気にしないでデートに行けばいいって……言ってくれたの」
オプティマスさんの顔を撫でる。冷たくて気持ちいいな。
あれって、いつ死ぬか分からないから、楽しめることを楽しんでおけ、って意味なんだよね。
いつ戦いに出るかも分からないし、いつ死ぬかも分からない。私の恋人はそういうひとだから。
ううん、死んだら許さないって約束したんだから、信じないと。
でも、やっぱり、デートはしたいな……。
「オプティマスさん……今日、忙しいですか?」
『心配はいらない。先に言い出したのは私の方だ。今日一日は誰の邪魔もさせやしない、必ず』
大きな唇で頬にキスされる。そんな声で言われたら、頷くしかない。