デフォルトは「水無月咲涼(ミナヅキ キスズ)」となります。
ひどい病気には思い切った処置を。
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34.検証実験。
『それで? 医務室に舞い戻ってきたわけだ?』
「そうなんですよ~! ……でもこれで良かったのかなぁ」
何かの機械を作っているのか直しているのか、レンチを片手にくすくす笑うラチェットさん。
ちょうど誰も居ない医務室はとても暇で、私は窓の外を眺めながら足をぷらぷらさせていた。
『特には荒療治も必要さ』
「そう、ですかね……」
『そうとも。わんぱくな彼らを、私がどれほどの荒療治で直してきたと思う? 強気で行かなければどうにもならんよ』
やはり先生が言うと説得力が段違いだ。
お医者様というのは優しさが必要だが、強い者の相手をするときにはそれも無茶な話なのだろう。
だってサイドスワイプなんて『いっっってぇッッ!!』と暴れるから押さえつけないといけないし。
アイアンハイドさんは黙っていながらもすんごい目つきでこちらを見てくる。処置しているのはラチェットさんなのに、私を見てくるのだ。
怖いよ、何で私を見るんだよ~!
あまりにも気になって聞いてみたら『まつ毛の本数を数えて気を紛らわせている』と返された。まぁトランスフォーマーの皆さんにはまつ毛とかはないでしょうけど……だからって私のまつ毛を数えなくても……。
『オプティマスは……まぁ……何だ。いつだって我々のことを考えてくれるし、地球の人間を守るために行動していた。その身を犠牲にしても、な』
一度死んだのだ、と話していたことを思い出す。サムという人に助けられて、今ここに居るのだと。
どのような事情があれ、自らの故郷でもない場所を守るために命を懸けるなんて、そうそうできるものじゃない。
それほどすごいひとなんだ、オプティマスさんは。
『だが咲涼に関しては、彼の個人的な望みだろう? 他の誰かのためではなく、オプティマスがオプティマス自身のために行動している。だから恐らく……歯止めが効かないのだろうな』
「歯止めが効かない?」
ラチェットさんはそうだ、と頷いた。
うーん、そうなのかな……。我慢できないとか、止められないとか、そういうことでしょ? でも、オプティマスさんほど理性的なひともあんまり見ないけどなぁ……。
『自分を客観的に見るというのは難しい。オプティマスほど優れた者であってもだ』
「へぇー。じゃあラチェットさんも、自分のことは客観的に見れないんですか?」
『そうだね、私も例外ではないだろう』
マッドサイエンティストってことは自覚がなさそうだもんね。
「まぁ……とりあえず様子見してみます。ダメだったら次の案を考えればいいし!」
『それがいい。失敗から学ぶことも多いさ』
「オプティマスさん。お疲れ様です」
「咲涼!」
「わっ!?」
執務室の扉を開くと、目の前にオプティマスさんが立っていた。本当に真ん前に。飼い主の足音を聞きつけて待っていた犬みたいに。
「咲涼の足音が聞こえたから、そろそろ来るかと思って待っていたんだ」
まさにその通り、ってわけね! なんてぴったりな例えなんだろう。私って天才。
「お待たせしました。ちゃんとお仕事しましたか?」
「それは……」
言葉を濁すオプティマスさん。怪しい。
部屋の中を覗こうとするが、彼の大きな体に阻まれて失敗した。何度もトライするものの全てあえなく失敗。
そんなに見られたくない? そんなに惨状なの?
「今日が期限のものは終わらせた! あとは明日以降のものだ」
「それなら……いいです?」
いや、いい……のか?
以前のオプティマスさんなら、期限の四日前には終わらせていた。書類の中には訂正やら修正やらがあるものも出てくるし、期限に余裕を持っておけば安心できるから、と。
もちろん期限通りに終わればそれはそれで問題ではない。十日まで、と言われた書類なら十日までにやればいい。十日までと言っておきながら八日に寄越せ、などという横暴こそ許されたものじゃない!
でも、オプティマスさんはギリギリになることは少ないようだったから……。
「……ううん、期限を守れたならいいと思います!」
オプティマスさんは大きく頷いた。
「咲涼……会いたかった」
「何時間か離れただけじゃないですか!」
ぎゅう、と抱きしめられて切なげな声で言われてしまうと、何だかこちらが悪者みたいで申し訳なくなる。
寂しがり屋だなぁ……なんて思いながら私も彼の背中に腕を回した。布越しでもひんやり冷たい。オプティマスさんは、私の体温が暖かく感じるのかな?
「明日も……離れなければならないのか?」
「お仕事中なら、そうですねぇ……」
彼の顔を見上げると、どこか拗ねたような不満げな顔をしていた。こんな顔もするんだ、かわいい。
思わずへらへら笑うと、オプティマスさんは一層しかめっ面をした。
「どうして笑う?」
「だって、オプティマスさんが変な顔するんだもん」
「変な顔とはどんな顔だ? 普通にしているつもりだが」
何だか子供みたい。私よりもずーっと年上のはずなのに、こんな一面もあるんだ。
「オプティマスさん、また今度デートしましょうね!」
「……もちろんだ。次はどこへ行こうか?」
「うーん、海とか! あっ、でも潮風に当たると錆びちゃうか……えーと、公園を散歩するのも楽しいですよ! あと、あとー……映画とか? あ、でも英語が分からないから無理だ……」
ここは異国の地。日本ならともかく、言葉のよく分からない場所ではどこで何をするにも一苦労だ。私もオプティマスさんも気楽に行けそうな所がいいんだけど……。
「ふっ……ははっ!」
一人で慌てていると、今度はオプティマスさんが吹き出した。耐えきれないと言った様子だ。
「どこか、咲涼が行ったことのない街を歩いてみよう。何か発見があるかもしれない」
私がどこへでも連れていくから。
そんなオプティマスさんの優しい言葉がこそばゆくて、ありがとうの一言すら言えずに彼の着ているコートに顔を埋めた。
オプティマスさんは私の頭をそっと撫でてくれて、時間を告げる部屋の小さな鐘が鳴るまでずっとそうしていた。