デフォルトは「水無月咲涼(ミナヅキ キスズ)」となります。
ひどい病気には思い切った処置を。
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28.心から。
街を堪能し、私達は基地へと戻ってきた。街へ繰り出すときよりも幾分かゆっくりと走るピータービルトの中で、私は夕焼けを見つめた。とても綺麗な夕焼け。それを見ていたら、嫌なことも全て忘れられそうだった。
基地に着いたとき、彼は私を下ろすと人間の姿になった。彼はコートの内側を探りやがて小さな紙の袋を取り出す。ビークルモードのときはどこに収納されていたのだろう? と疑問が浮かぶが、気にしないことにした。
「受け取ってほしい」
「……これは?」
言葉を濁すオプティマスさん。渡してきた本人の目の前で開けるのはどうかとも思ったが、気になってしまいそっと中身を取り出した。いつの間に買ったのか、それはかんざしだった。私が見ていた、オプティマスさんのようだと言った、あのかんざし。
「これっ……!」
「迷惑だったろうか。不要ならば誰かに譲るのも……」
「そんな! 嬉しいです! 本当に、とてもっ……」
胸が張り裂けそうなほど、感情が溢れそうなほど、嬉しい。オプティマスさんから、かんざしを貰ってしまった。
「着けて、いただけますか?」
「っ……あぁ……」
彼は器用に髪を結っていく。完成したその髪は、とうてい私には出来ないようなものだったけれど、だからこそ素敵だった。外したくない。あぁ、どうして結ってもらったのだろう? もう夜なのだからじきに寝るというのに。そうなれば外さなければならない。せっかくの、かんざしを。
「ありがとうございます。大切に、します」
オプティマスさんは短くあぁ、とだけ返事をした。会話が途切れ、お互い探り合いのような雰囲気になる。何か話したいけれどどうしたらいいだろう、どう切り出したらいいだろう。悩みながらも口を開いたとき、彼の方が一歩早く言葉を紡いだ。
「心から愛している」
彼の手が私の頬を撫で、少しずつ顔が近付く。彼は背が大きいから私に合わせて屈むのは大変そうだ、なんて関係の無いことを考えて気を逸らしても、鼓動はどんどん早くなり、頭まで真っ白になりかけている。
お互いの息がかかってしまうほど近くまできたとき、彼は眉を下げて微笑み、離れていった。そのときの彼は何と言ったと思う?
……冗談だ、といったのだ。かんざしまで送っておいて。意味を知らない人ではないはずだ。偶然にも私だってそれを知っていた。インターネット上の情報を自由に閲覧できてしまう彼に、分からないはずがない。
「どっちなんですか! かんざしをくれたくせに! 期待だけ、させるんですか? それとも私の勝手な思い上がりですか……?」
女性にかんざしを送るのは、現代で表すなら、指輪を渡すようなものだという。暗に好意を示すが、今の世の中にそんな粋なことをする人は居ないだろうから、本当にそのような意味を持つのかは確証はない。ただ、ほんの少し、聞いたことがあっただけだ。でもその“ほんの少し”に期待してしまい、こうして情けなく涙を見せる私は、惨めで不甲斐ない。思わず俯いて弱々しく言葉を続ける。
「今日だって貴方と出かけるのを楽しみにして、いつもはしないお洒落をして、すごくドキドキしてて、それなのに、オプティマスさんは……」
「……咲涼」
名前を呼ばれ上を向いた。腰をぐっと引かれて驚いた瞬間には彼の顔がすぐ近くにあり、少し荒々しく唇が重なる。目を見張る私とは対照的に、慈しむかのような優しい瞳でそっと目を細めるオプティマスさん。何十分にも感じる数秒の後、ゆっくりと離れた。名残惜しく思うような時間だった。
「……すまない。私に、まだチャンスはあるだろうか」
「……ありません」
今にも泣いてしまいそうな顔で言うオプティマスさんにそう告げると、彼は整った顔を一層歪めた。
「冗談です」
「……なんてひとだ」
あぁ、ごめんなさい、だけど、貴方だって同じようなことをしたじゃない。柄にもなく意地悪をしたいと思っちゃうのは仕方ないでしょう。
「愛している。冗談でも偽りでもない」
「……私も、です」
どちらからともなく、痛いほどに抱きしめあった。心が満たされる感覚がする。こういうのを幸せというのだろうか。いつまでもこのまま、永遠に続いてほしい。
「咲涼も、きちんと言ってくれないか」
「……なにを?」
「“愛している”という言葉を」
ほんのちょっぴり悩んで、恥ずかしいけれど、今まで散々恥ずかしい様子を見せてしまったのだから、恥ずかしついでにと頷いた。今の流れでは言わされたようだが、決してそんなことはない。だって彼は、“こう”言えとは言ってないもの。
「愛してる、オプティマス」
未だ近くにある彼の、金属とは思えない柔らかな唇に、一瞬だけ口付けた。彼のぽかんとする表情は、これで二回目だろうか? この顔を見ると羞恥よりも“してやったり”という感情の方が強くなり、いつまでもオプティマスさんに振り回される私じゃないんだから! とおかしな意地を張ってしまう。
「……満足しましたか?」
「あぁ……君は……存外、意地の悪い女性だ」