デフォルトは「水無月咲涼(ミナヅキ キスズ)」となります。
ひどい病気には思い切った処置を。
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26.これぞまさしく。
『咲涼。そろそろ休みが欲しくはないだろうか』
気まずい沈黙の朝はもはや日常となりつつあったが、今日は違った。早く着かないかと体育座りで待ちわびていた私は、自分でも驚くほどの大きな声をあげる。
「えっ! お休み……!?」
『そんなに驚くことだろうか』
思わずといった様子で笑いをこぼすオプティマスさん。いつの間にか彼の歩みは止まっていた。
お休み。せっかくのお休み。どこかへ出掛けたい。だけど、私一人じゃ無理だ。英語もできないし全然場所だって分からない。かといって誰かに連れて行ってもらうのはとても気が引ける。以前バンブルビーと一緒に出かけよう、なんて話し合ってはいたが、彼だって暇ではないのだろうし……。
あー、えーと……などと煮え切らない声をあげていたら、オプティマスさんが控えめに付け足す。
『もし休みをとり街へ行くのなら、そのときは私が同行することになる。明日はみな、時間の都合が合わないのだ。それでも構わないのなら、だが』
彼は、しなくても良いのであろう瞬きを数回して、最後に目を細めた。それが何を意味しているのかは分からない。だけど私には断わる理由なんてなかった。休みかぁ、と悩んでいたのが不思議なくらいだった。
彼と、街へ。それは夢のようであり、事実、夢であるかもしれない。
「いいんですか? 街に行っても?」
『もちろんだ。君が望むのなら』
私の心の中ではとっくに結論が出ているはずなのに、うんうんと悩むように唸ってから行きたいです、と呟いた。彼は少しの電子音を発したと思えばようやくまた歩き出す。
『では明日、外出許可をとっておこう。すまないが今日は仕事についてくれ』
「分かりました」
口では冷静に答えたが、心は静かなどではなかった。ばくばくと鳴る鼓動は音として聞こえてきそうなほど大きく、呼吸困難になるかのようなくらくらする感覚を覚える。深呼吸をして、しっかり朝食をとって、気持ちをきりかえ仕事に臨んだところで、きっとまともに動くことはできない。
「──はい、できた。とっても可愛いわよ」
差し出された鏡を覗くと、まるで別人のような私が映っていた。エリータさんは笑顔で「私が男なら惚れちゃって結婚を申し込んじゃうわ」なんて言うから、思わず笑ってしまった。
今日はオプティマスさんと街へ行く。決してデートだなんて言わないけれど、アーシーズに頼んでまでおしゃれをしてしまった。アーシーさんは髪型を、クロミアさんは服装を、エリータさんはお化粧を手伝ってくれた。物凄く気合いを入れたというほどではないけれど、いつもと違うのは明らか。
仕事をする日はこんなにも可愛くはなれないし、落差を見て幻滅されないか、という不安はある。明日になって彼が「昨日とは全く違うな」なんて思ってしまわないか、と。だけどおめかしせずには居られなかった。
「咲涼はいつだって可愛いの。でも、今日は街の男がみんな咲涼に心を奪われるわ、絶対よ」
自信もって! 早く行きなさい! と背中を押され、待たせてしまっているオプティマスさんの元へと向かった。途中でジャズに会って「よぉ、かわいこちゃん。俺と一杯どう? ……だめ? 妬けるねぇ!」なんて冷やかされたり、バンブルビーに「《私を捨てるのね……》」なんて泣かれてしまったり、色々とあったのでさらに待たせてしまうことになった。
待ち合わせをしていた場所には、壁に寄りかかって、通信で誰かと話している様子のオプティマスさんが居た。話しかけづらい。
「咲涼」
「オプティマスさん! お、お待たせしました……!」
呼ばれたので駆け寄った。彼は「いや、私も数分前に到着したところだった」と笑う。そしていつもと同じ、ファイヤーパターンのコートの襟元を軽く正して言った。
「Then shall we go, sweetie?」
英語は分からなかった。けれど微かに笑みを浮かべながら差し出された手を、私は拒んだりしない。
ピータービルトは街の郊外に停まった。そこから人間の姿になったオプティマスさんと共に、街まで歩く。彼は「トレーラートラックで街に行くのは嫌だろう」なんて言うけれど、私はそんなこと、一ミリも気にしないのに。
派手なトレーラートラックから女が出てきたら、周りの人間にとってそれは思わず見てしまうような光景かもしれない。でも私にとって彼のあの姿はむしろ誇らしいほどのものだ。私がピータービルトを運転していたのだと思われたとしたら、それは喜ばしいほどだ。何より彼の何かを否定などできるはずがないし、するわけもない。
とはいえ、それを本人に伝える勇気などなく、「そんなことありませんよ!」と少しばかり高らかに言うだけだった。「私が良くても、オプティマスさんがトランスフォーマーだってバレちゃったら大変ですもんね」という誤魔化しも添えて。
ここに来るまで、どこに行こうかという話をしていた。私は前回ジャズに連れていってもらった場所で、もう一度行きたい場所について話したりしていたが、オプティマスさんの反応は常に曖昧だった。あぁ、とか、そうだな、とか、会話がとにかく弾まない。今日こそ以前のように! と意気込んでいたはずなのに、とてもそうは出来ない気がしてならなかった。