I Say A Little Prayer

◆ニア

 (泣き声?)
 微かに聞こえるが、この弱々しさは子供達の中の誰かではなく、彼女だろう。
 無視しようと思ったが、赤ん坊の泣き声というのは、聞いた者に何故かしら酷い罪悪感を抱かせる。
 (……酷くか弱いくせに)
 手に持っていたパズルのピースを放り捨て、ニアはゆっくり立ち上がった。
 彼女がいるはずの部屋のドアは閉まっていたが、弱々しい泣き声が漏れて聞こえていた。
 (……何故誰も気づかない?)
 いつもは神経質な程彼女に注意を払っているマリアでさえ。
 子供達のほとんどが庭に出て外遊びに興じている。騒がしい程の矯声が、弱々しい泣き声を掻き消してしまっているのだろう。
 (……うるさい)
 そう思いながらドアを開け中に入った。

 『我らの小さな天使(ニアはそんな風に呼んだ事は一度もない)』ことエリンが、ベビーベッドの中でアーンアーンと泣いている。
 (……泣く事しか出来ないなんて、厄介な生き物だ)
 黙ったままベッドに近寄り、中を覗き込んだ。
 エリンは寝転んだまま、顔をくしゃくしゃにしてただ泣いている。
 (……オムツが濡れたかそれともミルクか……どうして欲しいかはっきり言えばいいのに)
 ニアには、エリンの様子を泣き声だけで判断するのは難しい。
 エリンはニアにとってはただただうるさいだけの生き物。
 四六時中泣いているくせに。
 泣いて人を呼びつけるくせに。
 マリアは頻繁に様子を窺い、気難しいロジャーでさえ笑みを浮かべる。
 子供達は毎朝我先にとご機嫌伺いし、あの竜崎でさえ、自分達より先にエリンの顔を見に行ってしまう。
 泣くしか能がないのに。

 エリンはニアが覗き込んでいるのに気がついているのかいないのか、顔を真っ赤にして泣いている。
 (……抱き上げた方がいいのか?)
 とりあえず、大人達は皆抱き上げていたような気がする。
 抱き上げて、あやしていたかもしれない。
 「……抱いて欲しいのか?」
 分かる筈ないと思いながら口にしていた。
 しかしそう言った途端、泣き声が弱くなったような気がした。そしてエリンは目にいっぱい涙を浮かべたままニアを見て、アゥアゥと訳の分からない事を言ってきた。
 「……分かった」
 ニアは返事を返してからエリンの脇の下に手を差し入れると、身体を起こしてゆっくりと抱き上げた。
 抱くのはこれが初めて。
 エリンの身体は思っていた以上に小さくて軽く、そしてぐにゃぐにゃしていて甘い匂いがした。 
 肩口にそっと頭を載せてやると、耳元で小さな溜め息が聞こえた。そしてウーだのヴーだの言う声も。
 (何だ、ただ甘えて泣いてただけか。我儘な奴……) 
 そう思った時「ゲェーー!」という赤ん坊とは思えない程の盛大なゲップが。
 驚いてエリンの方に顔を向けると、彼女は口の端から何やら白いネバネバした物をたらしながら、アゥアゥと機嫌よく笑っているのだった。
 (……全く……これだから赤ん坊は……)
 それでもニアはつられて微笑んでしまった。そして温かいものが胸いっぱいに広がっていくのも感じていた。

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