訪問者
その子は 度胸もあったし、正直でした。自分の中にあるモノに対して。私よりもずっと。
彼に比べたら、私なんて臆病者でしょうね。
竜崎は二年ほど前の、ある夜の出来事を思い出していたのだった。
それは彼がかって在籍していたある特別な施設にまつわるもので、彼女にはまだこの施設の事は話していない。
話すにはまだ時期尚早だとワタリからも意見されていたし、竜崎自身もそう思っていた。
いつかは話さなくてはいけないんですが。
いつかは。
表向きは教授の旧友の息子ということにして、当時住んでいたドイツから時々子供達に会いに行った。竜崎がハウスに在籍していた当時一緒だった子供達は、全員が卒業という形でいなくなっていて、訊ねた当時在籍していた子供達は、彼もまたここの卒業生だということを知らなかった。そして彼が皆の憧れであり目標としている「彼」であることも。
彼らの中の一人、ドイツ生まれだという少年Mは、竜崎に大変興味を示し、時々ドイツ語で質問などをしてきた。頭のいい子で、ハウスの中でも中心的な存在らしく、金色の美しい髪と、子供にしてはキツイ目をした印象的な子だった。
或る晩、部屋で仕事をしていると、Mが部屋を訪ねてきた。遅い訪問には何か理由があるのだろうと黙って部屋に招き入れたが、何だか落ち着かない様子で―――-普段の彼は自信に充ち溢れ堂々としている―――-いつもと違って見えた。
狭い部屋は余分なスペースがないので、Mにはベッドへ座るように言い、自分はデスクの前の椅子に腰かけた。それからデスクの、ノートパソコンの側に置いたチョコレートの箱を手に取り、Мの前に差し出した。
「どうぞ」
Mがチョコレートに目がない事は知っていた。だが子供達が大勢いるここでは、たまに食べるチョコレートも一人当たりの個数は少なくなる。たまにはたくさん食べさせてやるのもいいだろう。
Mは礼を述べるとすぐにチョコレートを口に放りこんだ。と同時にこんなおいしいものは初めて食べたという顔になった。そうだろう。竜崎が勧めたのは、皆にお土産として渡した物とは別に、彼が自分で食べる為に求めた、最高級のトリュフチョコレートだった。が、Mの口の中で最高級の味はすぐに消え去ったとみえて、目の前の箱を恨めしそうに見ているのに気付いた。
「好きなだけどうぞ」
勧めるとすぐに手がのびた。甘い物は気持ちを落ち着かせる。落ち着けばこんな真夜中の訪問の訳もすぐに話してくれるだろう。
トリュフを三つ続けて食べ、四つ目に手を伸ばしかけたところで訪問の目的を思い出したのか、恥ずかしそうに俯いて手を引っ込めた。そして俯いたまま小さな声でこう言った。
「誰にも言わないって約束してもらえませんか」
彼に比べたら、私なんて臆病者でしょうね。
竜崎は二年ほど前の、ある夜の出来事を思い出していたのだった。
それは彼がかって在籍していたある特別な施設にまつわるもので、彼女にはまだこの施設の事は話していない。
話すにはまだ時期尚早だとワタリからも意見されていたし、竜崎自身もそう思っていた。
いつかは話さなくてはいけないんですが。
いつかは。
表向きは教授の旧友の息子ということにして、当時住んでいたドイツから時々子供達に会いに行った。竜崎がハウスに在籍していた当時一緒だった子供達は、全員が卒業という形でいなくなっていて、訊ねた当時在籍していた子供達は、彼もまたここの卒業生だということを知らなかった。そして彼が皆の憧れであり目標としている「彼」であることも。
彼らの中の一人、ドイツ生まれだという少年Mは、竜崎に大変興味を示し、時々ドイツ語で質問などをしてきた。頭のいい子で、ハウスの中でも中心的な存在らしく、金色の美しい髪と、子供にしてはキツイ目をした印象的な子だった。
或る晩、部屋で仕事をしていると、Mが部屋を訪ねてきた。遅い訪問には何か理由があるのだろうと黙って部屋に招き入れたが、何だか落ち着かない様子で―――-普段の彼は自信に充ち溢れ堂々としている―――-いつもと違って見えた。
狭い部屋は余分なスペースがないので、Mにはベッドへ座るように言い、自分はデスクの前の椅子に腰かけた。それからデスクの、ノートパソコンの側に置いたチョコレートの箱を手に取り、Мの前に差し出した。
「どうぞ」
Mがチョコレートに目がない事は知っていた。だが子供達が大勢いるここでは、たまに食べるチョコレートも一人当たりの個数は少なくなる。たまにはたくさん食べさせてやるのもいいだろう。
Mは礼を述べるとすぐにチョコレートを口に放りこんだ。と同時にこんなおいしいものは初めて食べたという顔になった。そうだろう。竜崎が勧めたのは、皆にお土産として渡した物とは別に、彼が自分で食べる為に求めた、最高級のトリュフチョコレートだった。が、Mの口の中で最高級の味はすぐに消え去ったとみえて、目の前の箱を恨めしそうに見ているのに気付いた。
「好きなだけどうぞ」
勧めるとすぐに手がのびた。甘い物は気持ちを落ち着かせる。落ち着けばこんな真夜中の訪問の訳もすぐに話してくれるだろう。
トリュフを三つ続けて食べ、四つ目に手を伸ばしかけたところで訪問の目的を思い出したのか、恥ずかしそうに俯いて手を引っ込めた。そして俯いたまま小さな声でこう言った。
「誰にも言わないって約束してもらえませんか」