訪問者

 「……あの、私また何か気に障ることでもしたんでしょうか?」
 「えっ?何ですか?」
 「あ…だって…お茶にも手をつけていませんし、それにその、チョコレートを摘んだままじっと一点を睨み付けるような顔しているのでまた…わたしが…」
 彼女はトレーを抱き締めながら恐る恐る竜崎に話しかけたが、当の竜崎は心ここにあらずといった風だった( 無表情なのでそれが周りにいる者にはわからないのだが)。
 「気に障ったのならすぐ注意してますよ。私がじっとしていたのは考え事をしていたからです」
 そう言うと彼は摘まんだままだったチョコレートを口に放り込んだ。
 「チョコレートを見ていたらちょっとある事を思い出したんですよ」
 「チョコレートで?」
 「そうです。でもこのチョコレートで、ですよ」
 彼はデスクに手を伸ばしてチョコレートの箱を掴んだ。
 ゴールドの四角い箱に入ったそのチョコレートは、一見するとどこにでもあるような普通のトリュフチョコレートだったが、実のところさすがの竜崎でもめったなことでは食べられない代物だった。

 「これはMr.ワタリのベルギー土産でしたよね?」
 「そうです。でもただのお土産じゃありません。この店はこの一軒しかないんです。世界中どこにも、支店はおろか商品も卸していません。通販もしてますが一日十個限定ですから数ヶ月先まで予約で一杯。店の商品は予約ができないから行ってあればラッキーですが、店主が作れる数しか作らないので即売り切れということもしばしばです」 
 そこでまた竜崎はチョコレートを一つ摘まんで口に放り込んだが、そういえば食べるペースがいつもより遅いような気がするのは気のせいか。いつもはがっついて食べるのに。

 「じゃあ買えたのは凄くラッキーだったって事ですね?」
 甘いものが苦手な彼女もさすがにこの話には感じいったようだ。
 「ベルギーに直接用がなくとも隣接国に行く時など、急用でない時は頼んでいるんですがなかなか。食べたの半年振りですよ」
 今度はお茶に手を伸ばした。
 「でも今のエピソード、見る度にいちいち思い出してるんですか?」
 「いいえ、思い出したのは別の事です」
 「は?」
 「このチョコレートを立て続けに三個も食べた子がいたんですよ」
 「あなたから?」
 「そうです」
 「凄く度胸のある子ですね」
 「そうですね」
 その時彼女には竜崎が口元に笑みを浮かべたように見えたが、一瞬の事だったので見間違いかもしれないと思った。
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