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生意気な年下にうっかり惚れられまして。

「……っと、もうこんな時間か」

時計の針は10時を指している。

仕事は今回のプロジェクトだけでなく、今まで担当していた仕事も量は減らしつつも引き続き携わっていた。
するとどうしても一人で出来る作業はこうして定時後に残ってやることが多くなり、残業が増えていく。

今日も空腹を忘れて資料作りに集中している間に、椋太以外は退社し誰もいなくなっていた。

「あーくそ、腹減った」

無人のオフィスに声が響く。
固まった体を伸ばすようにストレッチをしていると、チャットアプリのウィンドウがピコンと開いた。

『定時後遅い時間にすみません。朝イチで確認してもらいたいのですが――』

「はは、なんだ。澤村も残ってるのか」

表示された黒い犬のアイコンと澤村朔の名。
なんとなく本人と似てるかも、と椋太はわずかに口角を上げる。

(遅くまでがんばってるんだな……)

急な差し込みでの仕様追加をしたのだから当たり前かと、少しだけ申し訳ない気持ちになった。

(ふーむ……ちょっと様子見でもしてくるか)

目の前にあった、食べる予定で一口も手を付けていないサンドウィッチを手にして立ち上がる。
扉を出ると、丁度エレベータから深夜にしか稼働しない自動掃除ロボットが出てくるところに出くわす。

「ごくろうさん」

ちょん、とロボットをつついてからワンフロア下へと階段を降りた。
人気の少ない廊下を抜け、薄暗く広いオフィスの扉を開く。

澤村のいるシステム部のあたりだけがほんのり明るく、案の定黒くて大きな図体がたったひとり、背中を丸めてキーボードを叩いているのが見えた。

「よっ」
「ッ……!」

集中しているらしいところに声をかけたのは悪かったが、がたりと音を立てて振り返った澤村に少しだけ優越感を覚える。

(まあ、ちょっと驚かそうかなとは思ったけど)

最近は無表情でも少し驚いてるのかな、困ってる?などなんとなく様子がわかるようになってきていた。
今も顔は変わらず、でも焦ったようなものを感じる。

「チャット来てたからさ、残ってンのかなって思って」

来る途中で買った冷たい缶コーヒーを押し付けると、小さくあざっす、と言って澤村はおとなしく受け取った。

「システムもお前だけか~。ま、この時間だしな」

周りを見回すと椋太のフロア同様、澤村以外誰もいない。

「腹減ってね?俺サンドウィッチもってんだけど。俺っち優しいから、頑張ってる澤村クンに分けたげよーかなってね」
「……一人じゃ寂しいからか」

唐突に真顔でそんなことを曰う澤村に気恥ずかしい気持ちを覚える。

「ハァ?……ンなわけねーだろ。あーあーうまいのになー」

茶化すように言うと、澤村はずい、と一歩前に出た。

「じゃあ食べさせて下さい」

なんとなく同じだけ、一歩後ずさる。
いつもと違って何か、迫りくるような圧力を感じた。

「へ……澤村も……冗談言うんだな」
「……」
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