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ボーイズ・イン・ブルー

 笑ったかと思ったらすぐに真剣な顔になって、また歯を見せて笑う。いきいきと動く千尋の表情を見て、静は思った。

 あの笑顔のためなら、自分は何だってできてしまうかもしれない。これを恋と呼ぶのなら、きっとそれは間違いなんかじゃない。

 それは至極シンプルで飾り気のない感情だったけれど、静の胸に火をつけるには十分だった。

 燦燦と眩い光を放つスポットライトに照らされて、静は今にも駆け出しそうになる身体をぎゅっと抱きしめた。伝えたい。この気持ちを、すぐにでも。
 腹の底のほうに重たく響くバスドラムの音と、自身の心臓の音が体内に反響して、突き上げるような衝撃が熱い。目の前がちかちかと瞬いたのは、千尋のギターのブリッジに反射したライトのせいだけではないだろう。

――早く千尋と話したい。

 誰かを好きになるということは、難しいように見えて、案外簡単なことなのかもしれない。自分が一体いつから千尋に対してそうした思いを抱いていたのかは分からない。けれど、静の胸の内には、自分以外の誰かが千尋の隣に並んでいるのは嫌だ、というひどく子どもじみた独占欲がむくむくと育っていた。
 耳に飛び込んでくる音楽も、フロアの歓声も、すべてが白んで遠くなっていくような錯覚に陥る。静の瞳は、ただまっすぐに千尋だけを見つめていた。

 

 まだ冬本番ではないとは言え、太陽が隠れてしまった後の空気は肌を刺す。静は首元を撫でる夜風にふるりと身震いをして、握りっぱなしのスマートフォンの画面を覗き込んだ。

 ライブハウスを出てすぐの歩道のガードレールに腰掛けて、静は千尋からの連絡を待っていた。先ほどまで本屋で時間を潰していたのだが、少し頭を冷やしたかったこともあり夜風にあたろうと結局戻ってきてしまった。
 もう客はほとんど帰っているようで、辺りはしん、と静まり返っている。そんな折、手の中の端末が鈍く震えた。

『今から出るけど、どこにいる?』

 届いたメッセージに『入口出たとこすぐ』と手早く返信している途中で、地下からの階段を駆け上がってくる足音が聞こえた。
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