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ボーイズ・イン・ブルー

「いや、こちらこそ。今、抜けてきて大丈夫なの?」
「出順最後だし、ちょっとだけならヘーキ。終わったら片付けマッハで終わらせるからさ、一緒に帰れる?」
「俺は全然問題ないけど、そっちは打ち上げとかあるんじゃないの?」
「ちゃんとしたのはまた今度やることになってるから、今日さっさと帰って良いってさ。ホラ、そもそもオレまだコーコーセーだし、どっちにしろそんなに夜遅くまでは無理だから」

大学生に囲まれてるとその辺曖昧になるけどね、と笑い、千尋は静と同じように壁にその背を預けた。
フロアには、観客のがやがやとした話し声が充満している。にもかかわらず、静の耳には千尋の声だけがまっすぐに届いていた。

「この間、ありがとう。電話してくれて」
「掛けてきたのは千尋からだったけどね」
「あー、そっか。じゃあ、電話させてくれてありがとう?」

わざわざ言い直す律義さに静が笑うと、つられたように千尋も笑みをこぼした。それからいくつか他愛のない話をする。こうして笑い合える時間が続いていけばいい――静がそんな風に考えていると、スマートフォンの液晶を見た千尋が「そろそろかな」と壁から離れる。

「じゃ、時間だからそろそろ行くわ。次のバンド、結構シズの好きなタイプだと思うよ」
「うん、ありがとう。頑張って」

静が頷いて手を振ると、千尋が振り向きざまに、ぱっと弾けるような笑顔を見せた。

「オレのこと、ちゃんと見ててね!」

言うが早いか駆け出した千尋は、あっという間にステージ裏の控室へと消えていく。遠くなっていく背中を見つめながら、残された静はぽつりと呟いた。

「また言い逃げ……」

その瞬間、ふっと会場のライトが落ちる。こぼれた独り言は、次第に静かになっていくフロアに吸い込まれていった。



二つ目のバンドは、確かに静好みの浮遊感のあるサウンドだった。けれど、次に千尋があの場所に立つのだと思うと、どうにも集中することができなかった。
プロのバンドの集まりではないので会場自体はそう広くはないが、人前に出ることが得意ではない静にとって、ステージは特別な場所であるように思える。転換が終わり再びフロアの明かりが消えると、いよいよ次が千尋たちの出番なのだと柄にもなく少しだけ緊張した。
ステージに現れたメンバーのうちの一人が簡単な挨拶をした次の瞬間、千尋の掻き鳴らすギターの音が会場に響いた。

――あんなに楽しそうな顔、初めて見たかもしれない。

静は一瞬にして、ステージの上で自由に跳ねる千尋の表情から目が離せなくなる。
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