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ボーイズ・イン・ブルー

「千尋。もうすぐ家着いちゃうから、その話、今度直接ゆっくり聞かせて」

 気付けば、静の足は自宅の前の道路まで辿り着いていた。不思議なもので、顔が見えないというだけで、面と向かって対峙したときよりもずっとすらすらと心の奥に溜まっていた気持ちが滑り出てくる。
話していて、静はやっと理解した。自分はきっと、これから先も千尋と未来の話をしていきたいのだと。

『うん、分かった。……愚痴みたいになってごめん』
「いや、気にしないで。じゃあ、また。ライブ楽しみにしてる」

 端末を耳から離し、通話を切る。門扉に手を掛けると、冷たい北風が静の首元を吹き抜けていった。
 短い秋に、徐々に冬のにおいが混じり始めている。街の景色も、千尋と出会った夏の日から随分変わった。

――早く、週末になればいいのに。

 そんな風に思いながら門戸を開けると、慣れ親しんだ灯りが静を迎えた。玄関先を照らすライトがいつもよりあたたかく感じられて、静は普段より少しだけ大きな声で「ただいま」と告げ、扉を閉めた。

 迎えたライブ当日、静の心は不思議と落ち着いていて、それはライブハウスのフロアに足を踏み入れた今でも変わっていなかった。今日のスケジュールのことを尋ねると、千尋は片付けが終わった後に少しだけ抜けてくれるということだったので、静はプラカップを片手に会場の後ろの端の方で壁にもたれてステージを眺めていた。
 今日のライブには三つのバンドが出演し、千尋のバンドはトリを任されているらしい。せっかく来たからには全てのバンドの演奏をきちんと聞いて帰らないと失礼だろうと思い、静は意識的にあまり千尋のことを考えないようにしていた。
 ぱちぱちと弾けるジンジャーエールの炭酸が喉を通り抜けていく。一組目の演奏が終了し、フロアにぼんやりとした明るさが戻ると同時に、よく知っているシルエットが近づいてくるのが分かった。

「来てくれてありがと、シズ」

 ひらひらと手のひらを振って歩いてくる千尋の顔が思ったより元気そうで、静はほっと胸を撫で下ろす。
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