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ボーイズ・イン・ブルー

 まっすぐに向けられる視線に抗うこともできず、静は促されるままに足元にある椅子を引き、そこへ腰を落とした。

「ん、ありがと」
 
 静のその動作を肯定と取った千尋は、くしゃりと笑って静の腕を握っていた手のひらからを力を抜いた。
 それから千尋は静の座る椅子の収まっている机に腰掛けて、「ここの椅子低くない?」と静を見下ろす。

「それは千尋が大きいからじゃない?」
「あー、そっか。シズ、背ぇいくつ?」
「この間の健康診断の時は167だったかな」
「ちょうどオレと10cmくらいかー」

 いつもと同じように軽口をたたき合っているはずなのに、どうにも肩甲骨のあたりがむずむずとして落ち着かない。
 千尋はというと、やはり何だかやや上の空のような様子で、滲み出るぎこちなさを隠しきれていなかった。
 
 件の昼休みからはまだ数日しか経っていないものの、少し意識して観察してみると、確かに梶ヶ谷の言う通り千尋の様子はこれまでと少し違っているように思う。妙にそわそわとして見えるというか、いまいち地に足がついていないような印象を受けるのだ。

 いつになく忙しなく動いている自分の心臓も気になるところではあるが、まずは千尋の話を聞かなければ。そう思うのに、肝心の千尋は他愛のない話題を探すばかりで、なかなか本題に入ろうとしなかった。

「…あのさ、千尋。何か悩み事でもある?」

 このままでは埒が明かない。静は単刀直入に切り出し、言葉を続けた。

「この間梶ヶ谷に言われて気付いたんだけどさ、最近ちょっと落ち着きがないというか…」

 そこまで言い掛けたところで、それまで黙って静の言葉を聞いていた千尋がぐわっと身を乗り出し、明確な焦りが漏れ出している声を上げた。

「待って、かっちゃんオレのこと何て言ってた…!?」
「え?いや、千尋がなんか悩んでるみたいだって…」
「それだけ?」
「うん、それだけ。それ聞いたのも本鈴鳴る直前だったし、詳しいことは何も」

 静の返答を一通り飲み込むと、千尋は大きく「よかった~~…」と安堵の息を吐き出した。
 
 全くもって話が読めない。静の脳内で、目の前の状況に対する疑問符ばかりが浮かんでは消える。
 千尋の様子がおかしい。梶ヶ谷がそれに気付き、自分にその情報を共有した。この流れのどこに千尋が取り乱す要素があったのだろうか。

「…あのさ、シズ。この間の昼休みに言い掛けたことなんだけど」

 バツが悪そうに、千尋がおずおずと口を開いた。その声に、過去へ飛んでいた静の思考が呼び戻される。

「あ、うん。あれ、結局何だったの」
「いや、うん、あのさ。この間、駅向こうにでかいCD屋できたじゃん」
「?そういえば宣伝してたっけ」
「そんで、来週の日曜日、オレ練習休みになって」

 そこまで言って、千尋は静から目を離し、露骨に視線を泳がせた。
 明後日の方向を見つめた千尋から、蚊の鳴くような声が絞り出される。

「…………良かったら、一緒に行ってくれないかなー、なんて……」
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