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ボーイズ・イン・ブルー

「ごめん、やっぱ何でもない。気にしないで」
「…?分かった」
「うん、ごめん。それよか聞いてよ、昨日の夜見た動画がマジでヤバくてさ~」

 短く謝って、千尋はすぐにといつも通りのトーンで新たな話題を連れてきた。
 それまで状況を静観していた梶ヶ谷が「切り替え早すぎ。1秒前のことすら覚えてらんないわけ?」とすかさず突っ込みを入れても、へらりと笑ってやり過ごすばかりだ。
 気にならないと言えば嘘になるが、当の千尋に言う気がないなら仕方ない。それ以上追求する気も起こらず、珍しく歯切れの悪そうな顔を見せた千尋から手元の総菜パンへと視線を戻した。

 こんな風にぎこちない千尋は初めてだな、と静は密かに首を捻る。ぴったりとはまっていたジグソーパズルのピースがほんの少し歪んでしまったような、そんな浮遊感と落ち着かなさを覚えた。
 どうにもそれ以降のやりとりは頭に入って来ず、曖昧な相槌を繰り返している間に、昼休みの終了を知らせる予鈴の鐘が鳴る。

「やばっ、次教室移動だったわ!じゃ、かっちゃんまた放課後!シズはまた明日!」

 ばたばたと音を立てて走り去っていく慌ただしい後ろ姿を見送って、無意識に詰めていた息をふう、と吐く。静のその様を横目に見ていた梶ヶ谷も、隣で盛大な溜息を吐きだした。

「…あの馬鹿が変に思い詰めてる風なの、ほんと鬱陶しいんだけど」
「思い詰めてるって、千尋、何か悩んでる?」

 やだやだ、と心底だるそうに首を振る梶ヶ谷の言葉が引っかかり、頭で考えるよりも先に口が動いた。こんなにきびきびと話すことができたのか、と自分でもやや驚く。

「俺も直接あいつから聞いた訳じゃないからこれは推測ね。人生の大半あいつと一緒にいるからさ、そういうの、嫌でも分かるんだよね」

 そういえば、いつだったか千尋から聞いたことがある。二人は家族ぐるみの付き合いで、生まれた病院まで同じらしい。今時珍しい良い関係だね、と返した際に千尋が誇らしげに「かっちゃんはオレの自慢の親友だからね!」とVサインを向けてきたことも記憶に新しい。

「普段使わない頭使うと大体ろくなことにならないってどうして分かんないのかね」
「梶ヶ谷って、千尋に対してかなり手厳しいけど、それ以上に優しいよね。俺、人の気持ちを汲んだりとか、そういうのって苦手だから」

 二人が一緒に過ごしてきた時間を考えれば、ついこの間千尋と知り合ったばかりの自分と梶ヶ谷とでは、どうやったって見えるものが違う。
それでも、そうした些細な変化に気付くことができるということは、梶ヶ谷の千尋に対する聡さの賜物だろう。

 静の飾らない言葉に、梶ヶ谷が数秒閉口する。それから「なるほどね」と独り言のように呟いて、飲みかけのパックジュースを手に席を立った。

「俺のあいつへの態度をそういう風に取れる滝沢の方が、何倍も優しいと思うけどね」

 そうかな、と言い返そうとしたところで、始業を伝える本鈴が鳴る。それと同時に梶ヶ谷は静に背を向け、斜め前の席へと戻った。
結局千尋が何に悩んでいるのか、その肝心な部分は分からないままになってしまった。 声になる前に行き場を失った息を飲み込んで、静は仕方なく次の授業の教科書を机に並べた。
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