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ボーイズ・イン・ブルー

「ずっと外で待っててくれたの!?」

 静の姿を見つけるなり、千尋がぎょっとした様子で声をあげた。静は道路を挟んで位置する本屋の看板を指さす。

「ううん、さっきまでそこで雑誌立ち読みしてた。お疲れ様」
「良かった。じゃ、とりあえず行くかー。ここ、駅から遠いのがネックだよなあ」

 静は頷いて腰を上げ、先に歩き始めた千尋の隣に並んだ。千尋の言うように、駅からライブハウスまでは片道二十分ほどの距離がある。千尋の歩くペースがいつもよりもゆったりとしているので、帰りはもう少し掛かるかもしれない。
ギターを背負っているからとか、疲れているからとか、理由はいくつかあるだろう。そして、それらの中には自分という存在も含まれているのではないかと自惚れた自分がいて、静は気恥ずかしさにやや俯いた。

「思ってたより時間掛かっちゃってごめん。終わった後ファンの人たちが来てくれてさ、メンバー全員『バンド辞めちゃうんですか?』って囲まれちゃって……」

 ありがたい話なんだけどなかなか切り上げられなくてさ、と言葉を続ける千尋に他意はないのだろう。けれども、千尋の口が自分以外の人間のことを話すのを、どうしてか少し疎ましく思っている――そんな自分に気付いて、静は思う。

――千尋のこととなると、一気に自分の器が小さくなっていく感じがする。

 誰かに恋をすることはそういうものなのだと、映画やドラマでよく見聞きするシチュエーションを体感する日が来るだなんて思わなかった。
 張りのない相槌を返すだけの静に、千尋は再び語り掛ける。

「そうだ、ライブどうだった?」
「うん、どのバンドも良かったよ。千尋もすごく楽しそうだったし、ちゃんとエレキで音出してるの聞いたの初めてだったから驚いた」
「やっぱ小さくても音響良いとこでやると全然違うよなあ」

 二人で並んで歩きながら、ぽつぽつとどうでもいい話をする。駅までは、あと十分ほどで着くだろうか。
街頭の鈍い灯りに照らされた歩道には、ほかに人影はない。静は立ち止まり、千尋の名前を呼んだ。

「あのさ、千尋」

 上手く言えなくても、不格好でもいい。やっと気付くことができた気持ちを、今伝えなくては。
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