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ボーイズ・イン・ブルー

 終業を知らせるチャイムが鳴り、教室内にざわざわとした生徒たちの声が広がる。
 机の上を埋めている教科書や筆記具を片付けていると、入り口からこちらを覗く栗色の頭が見えた。ちょいちょいと手招きすると、弁当箱を持った千尋が窓際の静の席まで駆け寄ってくる。

「Dってこの時間授業何だっけ、英語?」
「いや、化学。千尋、あれ見て英語って言うのはまずいんじゃない?」

 所狭しと化学式が並ぶ黒板を指さすと、「テスト前には頑張るから良いんだよ」と少し不貞腐れたような声が返ってきて、静は思わずくすりと笑う。

 千尋が静を見つけたあの土曜日から、こうして昼休みを共に過ごすことが恒例となっている。
 互いの部活の関係から、平日は帰る時間がとんと合わない。と、いうよりも、静の下校時間が日によってまちまちなのだ。筆を握る気にならない日はまっすぐに校門をくぐるし、反対に手が止まらずに気付けば日がとっぷり暮れている、なんていう日もざらにある。静の所属する美術部は数年ほど前から幽霊部員の温床と化しており、もともと明確な活動日や規則などはあってないようなものなので、それを逆手にとって好き放題にやらせてもらっている。
 
 千尋の方も、部活動以外でもバンド活動をしている関係で、学校が休みの間はほとんどそちらの練習に駆り出されているのだと聞いた。
 ゆえに、二人がゆっくりと言葉を交わすことのできる時間は、千尋が午前の軽音部の練習を終え夕方スタジオに向かうまでの間だけ。

 たまに昇降口で千尋と鉢合わせることもあるが、千尋は常に軽音部の仲間たちに囲まれているので、軽く挨拶を交わすに留めている。そういう時、千尋は決まって「今週も行くから」と声を掛けてくれる。それが何だか嬉しくて、「早く週末になればいいのに」と柄にもなく浮き足立ったりしている自分にも気づいていた。

「はー、早く夏休みになんないかなあ」
「ちょっと、まだ五月半ばなんだけど」
「だってさ、学校なくなったらもっとシズと遊べるじゃん」

 千尋のストレートな物言いに、心が少し波立つ。
 こんな時、どんな風に反応するのが正しいのか、そんな些細なことが未だに分からない。静はぐっと唾をのんだ。
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