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ボーイズ・イン・ブルー

 電車から降りて最寄り駅の改札を通り抜けると、スラックスの中のスマートフォンが振動してメッセージの受信を伝えた。
 差出人は千尋。文面は、『良かったらライブ来きてくれない?』と一言だけだった。

『ライブ?』
『うん、週末。今詳しい情報送るから待って』

静は最寄り駅までの道を歩きながら、液晶を覗き込む。本当はあまり良くないんだろうな、と思いつつも、人通りもそう多くないので大丈夫だろうとそのまま歩を進める。
ほどなくして送られてきた画像に表示されている日付は今週末。会場も、電車の乗り継ぎはあるものの静の自宅からそう遠くはない場所だった。

『特に予定とかないし、ぜひ』
『マジで!?やった』
『誘ってくれてありがと』
『あ、チケット代とかは気にしなくていいから!一人くらいなら知り合いってことで全然余裕だし』
『ほんとに?なんかごめん。千尋が演奏してるとこちゃんと見るの初めてだし、楽しみにしてる』
『多分、このキャパの箱でできるの今回が最後だからさ』
『そうなの?』
『うん、バンド解散すんだよね』

 淀みなく送られてきたメッセージに、一瞬驚いて手が止まる。『そうなんだ』と返事を打っている途中で、立て続けに千尋からの言葉が送られてくる。
 
『オレ意外のメンバーみんなさ、普通に就職するからバンド辞めるんだってさ』
『ま、いくら自主制作でCDとか出してても、結局ばーんって売れなきゃ安定しないし』
『仕方ないとは思うよ』

 矢継ぎ早に繰り出される文章は何だか自分に言い聞かせているようにも見えて、顔を見ることができない距離が一気にもどかしく感じられた。

『じゃあ、本当に今回が最後なんだ』
『何枚かアルバム出してさ、固定ファンもついてきたーってみんな喜んでたんだけどね』
『爆発する前にタイムリミットが来ちゃった』

 いつもよりも落ち着いた文面から、千尋の沈んだ気持ちが伝わってくるようだった。

――こういう時、誰よりも早く千尋の声を聞くことができる相手でいたい。

静の指は、考えるより先にとんとんとん、とキーボードを叩いていた。

『今、ちょっと話せる?』

メッセージに既読を知らせるマークがつくや否や、液晶に通話呼び出しの画面が表示され、静は反射的に受話器のボタンを押した。
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