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ボーイズ・イン・ブルー

 九月いっぱい続いた残暑も落ち着き、季節は急速に秋へと移り変わった。
 相変わらずの日常を謳歌しながらも、今までの日々と決定的に違うのは、静と千尋の間に横たわる距離感だった。
 それは、不意に触れる指先だったり、何気ない会話の中で掛けられる言葉だったり。千尋の言動の端から自分への好意が感じられて、全身がむずがゆくなるのに、心が温まるような感じがする。

 黄色く染まり始めた校庭の広葉樹の葉を眺めながら、静は昇降口で千尋を待っていた。試験期間中は部の活動が休みなので、駅までの道のりを一緒に歩いて帰るのが二人の間では決まりごととなっている。
 さすがにまだ吐き出した息が白くなるほどの気温ではないが、夕方はやや冷え込むようになってきた。静は薄手のグレーのカーディガンの袖口を伸ばして、肩に掛けたスクールバッグの中の参考書の重さにほんの少しだけ胸を弾ませた。
 
 今日の放課後は、千尋の家で勉強会をすることになっている。「勉強会」と言っても、参加者は千尋と静の二人だけだ。
 前回の試験が散々な結果に終わった千尋は、一週間後の中間テストで3つ以上赤点を取ると補修祭りが決定しているらしい。部活が試験休みに入るや否や「勉強教えて!!」と泣きついてきたのも記憶に新しい。

――あの時の千尋、今まで一番焦った顔してたかもしれないな。

 涙目で詰め寄ってきた時の様子を思い出して、静の口角がふ、と緩まる。にやついていることが周りの生徒たちに見られないよう、静は慌てて口元をてのひらで覆った。

「ごめんお待たせ!」

 駐輪場の方から聞こえてきた明るい声に振り向くと、千尋が自転車を押してこちらへ駆け足で向かってくる姿が目に入った。

「じゃ、行こうか。ちゃんと教科書と問題集持ってきた?」
「もち。さすがに練習出れなくなるの嫌だし、今回はマジで本気だから!」
「その本気をいつもの授業で発揮してればこんなことにはならないんだけどね」

 揶揄うような視線を飛ばすと、「オレが悪いんじゃなくて睡魔が悪いの」と拗ねた声が返ってきて、静は声をあげて笑った。もちろん、夜更かしの原因はギターの練習に他ならないのだろう。

 電車通学の静と違い、学校から千尋の自宅までは自転車で10分も掛からないのだという。途中のスーパーでスナック菓子やら炭酸飲料のペットボトルやらを買い占め、陽の傾き始めている通学路を二人で連れ立って歩いた。
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