このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

ボーイズ・イン・ブルー

 静の発した問い掛けに、千尋は目を瞠って、しかしゆったりと振り向いた。

「……かっちゃんから聞いたんだ?」

 窓の向こうの夏空を背負って、千尋は困ったように笑ってみせる。
 はためくカーテンをすり抜けた風が、静の前髪を舞い上がらせた。

「うん、ちょっと。千尋すごく優しいし、背も高くて、男の俺から見てもかっこいいと思う……だから、その、女子から人気あるのも、分かるなって」

 勢いのまま尋ねてみたはいいものの、その後に継ぐ言葉をシミュレーションしていなかったせいで、うまく口が回らない。
 静がたっぷりと時間を掛けてもたついている間に、千尋は静の隣の椅子に腰を落とした。そのまま膝を抱え、首を傾けてまっすぐに視線を絡ませてくる。

「ありがと。昼も同じこと言われたよ。それで、付き合ってくださいってさ」

 予想はできていたものの、改めて本人の口から語られると、想定していた以上に胸が重たくなる。まるで鉛の鎖が少しずつ体に巻き付いてくるようだった。
 
 先ほど梶ヶ谷の言っていた、「自分たちに口を出す権利はない」という言葉が刺さってじくじくと疼いている。
 自分は一体、どうしてこんなに千尋が離れていくことが恐ろしいのだろう。まだ出会ってから数ヶ月しか経っていない相手のことを、どうしてここまで繋ぎ止めていたいのだろう。
 そして、その答えを、千尋は与えてくれるのだろうか。

「……オレが何て答えたか、気になる?」

 膝の上で組まれた腕に隠されて、そう囁く口元のかたちは見えない。やや細められた両の目は、笑んでいるようにも、悲しんでいるようにも感じられた。
 しん、と凪いだ千尋の雰囲気に呑まれて、静は誘われるように首を縦に振った。

「断ったよ。オレ、好きな人いるからさ」

 静の脳が言葉をはじき出すよりも早く、千尋の右手が伸びっぱなしの静の前髪をすい、と掻き分ける。いつかの雨の日に見たあの熱の籠った視線に捉えられて、膝の上で閉じられていたスケッチブックが音を立てて床へ吸い込まれていった。

「ね、シズ。ほんとにまだ分からない?」

 視界の隅で、白いページが風に煽られてぱらぱらとはためいている。
 胸の奥の方で、眠っていた扉を叩くノックの音が響いている。この鍵を開けたのは、きっと他でもない千尋だ。
22/50ページ
スキ