ボーイズ・イン・ブルー
抱えたスケッチブックに鉛筆を走らせながら、もう何度目か分からなくなってしまった溜息を吐く。
「逃げないように」と再度梶ヶ谷に釘を刺されたこともあり、結局静はこうして千尋を待っている。
――何か、自分だけ一人でそわそわして、馬鹿みたいだ。
静の意思がどうであれ、きっと千尋はいつもの調子で笑いかけてくれるだろう。それが分かっているだけに、勝手な憶測で一方的に壁を感じている己の不明瞭な態度を情けなく感じる。
千尋に出会って変わったのは、外の世界の見え方だけではない。千尋と同じ時間を共有することで、今まできちんと目を合わせてこなかった自分自身と向き合う瞬間が増えたように思う。
近い存在だからこそ、いつからか、「千尋に追いつきたい」という気持ちが日増しに強くなっていっているような気がする。そして、できることなら、ずっと千尋の隣にいたい。けれど、それは多分、とても難しいことなのだと思う。
「失礼しまーす」
おどけた声と共に、がらがらと古い引き戸が音を立てる。
黒いギターケースを背負ってはにかむ千尋の姿に数ヶ月前の影が重なって見えて、静の両目が懐かしさから細められる。
「シズ、体調平気?具合悪いのに連れ回しちゃってほんとごめん!」
教室の奥に座る静の元へ駆け寄ってきた千尋が、勢いよく顔の前で手を合わせる。
謝りたいのはむしろこちらの方なのに、と気持ちが逸って、静は慌てて口を動かした。
「いや、こちらこそごめん。その、もう大丈夫だから」
「それなら良いんだけどさ。あんまり無理しないで」
普段の空気感のままの千尋につられて、多少のぎこちなさは残っているものの、思っていたよりはするすると言葉が連なった。
静がひとりほっとしていると、千尋がワイシャツの裾をぱたつかせながら額の汗を拭う。
「ていうか、何で閉め切ってんの?煮えない?暑いっしょ」
「あ……千尋に謝らなきゃってそればっかで、全然気が回ってなかった」
言われてみれば、室内を満たす空気は大分蒸している。
普段はあまり開けることのないワイシャツの第二ボタンを開けると、ほんの少しだけ窮屈さがましになった。
「オレ、窓開けてくるから」
千尋は気を逸らすように繰り返し暑い暑いと呟いて、小走りで窓際の方へ向かった。それから、ぱちん、ぱちんという規則正しい音とともに窓の鍵を開けていく。千尋が大きなガラスに沿って歩く度、アイボリーのカーテンがふわりと宙に舞った。
何故かは分からないが、直感的に「今しかない」と思った。
窓から吹き込む風を一身に受けた千尋のシャツが、夏の青い大気に膨らむ。その背中に、静はそっと言葉を投げた。
「……昼休みさ、女子に呼び出されてたって、本当?」
喉の奥が渇いているからか、絞り出した声は少し震えていた。
「逃げないように」と再度梶ヶ谷に釘を刺されたこともあり、結局静はこうして千尋を待っている。
――何か、自分だけ一人でそわそわして、馬鹿みたいだ。
静の意思がどうであれ、きっと千尋はいつもの調子で笑いかけてくれるだろう。それが分かっているだけに、勝手な憶測で一方的に壁を感じている己の不明瞭な態度を情けなく感じる。
千尋に出会って変わったのは、外の世界の見え方だけではない。千尋と同じ時間を共有することで、今まできちんと目を合わせてこなかった自分自身と向き合う瞬間が増えたように思う。
近い存在だからこそ、いつからか、「千尋に追いつきたい」という気持ちが日増しに強くなっていっているような気がする。そして、できることなら、ずっと千尋の隣にいたい。けれど、それは多分、とても難しいことなのだと思う。
「失礼しまーす」
おどけた声と共に、がらがらと古い引き戸が音を立てる。
黒いギターケースを背負ってはにかむ千尋の姿に数ヶ月前の影が重なって見えて、静の両目が懐かしさから細められる。
「シズ、体調平気?具合悪いのに連れ回しちゃってほんとごめん!」
教室の奥に座る静の元へ駆け寄ってきた千尋が、勢いよく顔の前で手を合わせる。
謝りたいのはむしろこちらの方なのに、と気持ちが逸って、静は慌てて口を動かした。
「いや、こちらこそごめん。その、もう大丈夫だから」
「それなら良いんだけどさ。あんまり無理しないで」
普段の空気感のままの千尋につられて、多少のぎこちなさは残っているものの、思っていたよりはするすると言葉が連なった。
静がひとりほっとしていると、千尋がワイシャツの裾をぱたつかせながら額の汗を拭う。
「ていうか、何で閉め切ってんの?煮えない?暑いっしょ」
「あ……千尋に謝らなきゃってそればっかで、全然気が回ってなかった」
言われてみれば、室内を満たす空気は大分蒸している。
普段はあまり開けることのないワイシャツの第二ボタンを開けると、ほんの少しだけ窮屈さがましになった。
「オレ、窓開けてくるから」
千尋は気を逸らすように繰り返し暑い暑いと呟いて、小走りで窓際の方へ向かった。それから、ぱちん、ぱちんという規則正しい音とともに窓の鍵を開けていく。千尋が大きなガラスに沿って歩く度、アイボリーのカーテンがふわりと宙に舞った。
何故かは分からないが、直感的に「今しかない」と思った。
窓から吹き込む風を一身に受けた千尋のシャツが、夏の青い大気に膨らむ。その背中に、静はそっと言葉を投げた。
「……昼休みさ、女子に呼び出されてたって、本当?」
喉の奥が渇いているからか、絞り出した声は少し震えていた。
