ボーイズ・イン・ブルー
これはやはり、自分も名乗らなければならない流れなのだろうか。
まっすぐに自分を見つめる瀬田に促されているような気がして、静は視線を落としながら口を開く。
「…滝沢静。D組」
幼い頃から、静は自分の名前が好きではない。某国民的アニメの擦り込みかもしれないが、女の子の名前であるというイメージが強く、何よりどことなくかわいらしいその音の響きが自分には不釣り合いだと思うからだ。同級生から「しずかちゃん」と揶揄われた回数など、とっくに数えることをやめた。
自然とくぐもった声になってしまい、何となく顔を上げるタイミングを見失っていると、ぱっと雲を掃うような瀬田の明るい声が響いた。
「あ~~分かる、すごい合ってる!なんだっけほら、名は体を表す?みたいな。雰囲気そのまんまじゃん!」
またも予期していなかった言葉が降ってきて、静はわずかに目を見開いた。
「そんな風に言われたの、初めてだ」
「ん?」
「名前、笑われたりする方が多かったから。『女みたいだ』って」
呟きながら、未だ握ったままになっている絵筆の、まだ湿ってすらいない筆先を見つめる。
物心ついた頃から、静は人付き合いが得意な方ではなかった。口数も多い方ではないし、面白い話で相手を喜ばせるとか、一緒になって大笑いするとか、そういうことはとことん苦手に感じている。それに加えて、人よりも幾分黒目が小さいいわゆる三白眼というやつで、目付きが悪いと言われることも珍しくない。
それなのに、瀬田は何一つ気にする素振りなく、まっすぐに静にぶつかってくる。
瀬田は背負っていた黒いギターケースを下ろし、側の机の下から四つ足の椅子を引き抜くと、静の隣へ腰掛けて言った。
「うーん、そっか。じゃあ…『しずか』だから、シズな。それなら良い?」
「…それ、あだ名?」
「そ。シズは嫌なこと思い出さなくて済むし、一文字減ってオレも呼びやすいから」
「ふ、何それ」
披露された突飛な理論に思わず口元を緩めると、隣に腰掛けている瀬田も一緒になって笑みを深くした。
「あ、そうそう。オレのことは千尋って呼んで。苗字の方が短いけど、名前で呼ばれる方が好きだから」
「そう。じゃあ、そうする」
頷きながら、改めて瀬田を見る。
ついさっきまで名も知らぬ他人だったはずの同級生とこうして笑い合っているなんて、10分前の自分に告げても到底信じないだろう。
まっすぐに自分を見つめる瀬田に促されているような気がして、静は視線を落としながら口を開く。
「…滝沢静。D組」
幼い頃から、静は自分の名前が好きではない。某国民的アニメの擦り込みかもしれないが、女の子の名前であるというイメージが強く、何よりどことなくかわいらしいその音の響きが自分には不釣り合いだと思うからだ。同級生から「しずかちゃん」と揶揄われた回数など、とっくに数えることをやめた。
自然とくぐもった声になってしまい、何となく顔を上げるタイミングを見失っていると、ぱっと雲を掃うような瀬田の明るい声が響いた。
「あ~~分かる、すごい合ってる!なんだっけほら、名は体を表す?みたいな。雰囲気そのまんまじゃん!」
またも予期していなかった言葉が降ってきて、静はわずかに目を見開いた。
「そんな風に言われたの、初めてだ」
「ん?」
「名前、笑われたりする方が多かったから。『女みたいだ』って」
呟きながら、未だ握ったままになっている絵筆の、まだ湿ってすらいない筆先を見つめる。
物心ついた頃から、静は人付き合いが得意な方ではなかった。口数も多い方ではないし、面白い話で相手を喜ばせるとか、一緒になって大笑いするとか、そういうことはとことん苦手に感じている。それに加えて、人よりも幾分黒目が小さいいわゆる三白眼というやつで、目付きが悪いと言われることも珍しくない。
それなのに、瀬田は何一つ気にする素振りなく、まっすぐに静にぶつかってくる。
瀬田は背負っていた黒いギターケースを下ろし、側の机の下から四つ足の椅子を引き抜くと、静の隣へ腰掛けて言った。
「うーん、そっか。じゃあ…『しずか』だから、シズな。それなら良い?」
「…それ、あだ名?」
「そ。シズは嫌なこと思い出さなくて済むし、一文字減ってオレも呼びやすいから」
「ふ、何それ」
披露された突飛な理論に思わず口元を緩めると、隣に腰掛けている瀬田も一緒になって笑みを深くした。
「あ、そうそう。オレのことは千尋って呼んで。苗字の方が短いけど、名前で呼ばれる方が好きだから」
「そう。じゃあ、そうする」
頷きながら、改めて瀬田を見る。
ついさっきまで名も知らぬ他人だったはずの同級生とこうして笑い合っているなんて、10分前の自分に告げても到底信じないだろう。