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ボーイズ・イン・ブルー

 あくる日、午前の授業が終わっても、千尋は静を訪ねて来なかった。
 無意識のうちに入口の方ばかり見ていたせいだろうか、梶ヶ谷が総菜パンをかじりながらやや苦笑交じりに言う。

「あいつだって用事があることくらいあるでしょ。ま、今回は急に呼び出しくらったみたいだけど」
「呼び出し?」
「ま、女子じゃない?今までにもちらほらあったんだよね。それで放課後の練習ちょっと遅れてきたりとか」

 さらりと落とされた新事実に、ほんの一瞬思考が止まる。女子、呼び出し、と頭の中で何度か単語を並べてみたが、導き出される結論は一つしかなかった。

「……千尋って、女子から人気あるんだね」
「ほんと、あのバカのどこが良いんだかって毎回思うけどね」
「でも、明るくていい奴だし」
「そういうもんなのかね。俺には理解できないけど」

 梶ヶ谷が溜息をつき、自然と会話が終息する。静も黙って購買のクロワッサンを口に運んだ。

――やっぱり、女子から告白されたりするんだな。

 想像は出来ていたはずなのに、改めて現実として目の前に現れると、どうにも落ち着かない気持ちになる。
 どうしてここまで感情がどろどろに溶けてしまうのだろう。自制できない気持ちが、そっと唇の端から滑り落ちた。

「……千尋、今会ってる人と付き合うのかな」

 自分でも驚くほど、耳に届いた声は冷え切っていた。その低いトーンに、静だけでなく梶ヶ谷もやや目を丸くしている。
 梶ヶ谷は眼鏡のシルバーのフレームをくい、と持ち上げ、淡々と諭すように語り掛けてくる。

「決めるのはあいつであって、俺たちには口出しする権利なんてないんじゃない」
「そうなんだけど……何だろ、なんか引っ掛かるというか、すっきりしなくて」
「何それ。そんなに気になるなら、直接聞けば?」
「うん……」

 そうは言っても、いざ本人と向き合った時にこうした話題を自然に切り出せる自信はない。距離感が掴めないというか、千尋とその手の話をしているという図が全く想像できないのだ。
 静の煮え切らない態度に痺れを切らしたのか、梶ヶ谷が至極面倒そうにがしがしと頭を掻く。
 
「今日一応練習あるけどさ。ドラムが風邪でダウンして来ないからどうせそんなに長くやんないし、放課後美術室行けってあいつに言っとくから」
「え、いやいいよ、別に」
「俺が良くないの。変にそわそわされても鬱陶しいから」

 昨日のことも謝りたいんでしょ、と駄目押しされてしまえば、最早退路は存在していなかった。
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