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ボーイズ・イン・ブルー

「シズ、この後どうする?具合悪いなら解散でもオレは平気だけど……」

 向かい側に座る千尋が、心配を乗せた声と共に静の顔を覗き込んだ。急に近づいた距離に、意図せず視線を逸らしてしまう。
 
――どうしてだろう、何となく、今は千尋といるのがつらい気がする。

 本人に面と向かって何かを言われた訳でもないのに、先ほどから脳内に浮かんでいる一方的な憶測が変に気に掛かってしまい、申し訳ない気持ちが募る。
 熟れすぎた果実の皮がじくじくと剥がれていくような、そんな胸のつかえを感じて、絞り出した声は掠れ気味になってしまった。

「……ごめん、ありがと。やっぱりちょっと調子良くないから、今日はもう帰るね」

 トートバッグを肩に掛け直し、トレーを手に立ち上がると、千尋の慌てた声に引き留められる。

「マジで顔青いけど、一人で帰れそう?駅まで着いてこっか?」
「いや、平気。せっかくの休みなんだし、梶ヶ谷とゆっくりしていきなよ」

 そう言い放ち、「また明日の昼休みに」とひらひらと手を振る。千尋は何か言いたそうに一度口を開きかけたが、すぐに噤んで、「また明日」と眉を下げて返してくれた。

 身勝手なことをしているという自覚はある。けれども、理屈では説明できない感情のうねりに飲み込まれて、思考がうまくまとまらない。
 店員の明るい声を後ろ髪に引っ掛けて、静は逃げるようにガラス張りの自動ドアを潜り抜けた。

 自室の扉を開け、一目散に自室のベッドに倒れ込むと、示し合わせたかのようなタイミングで鞄の中のスマートフォンが振動した。

『ちゃんと帰れた?』

 届いたのは至って簡単なメッセージだったけれど、その飾り気のないシンプルから、千尋が本気で心配してくれていることが伝わってきた。
 つくづく優しいな、と思う。と、同時に、いかに自分がこんな風に他人を気に掛けるということをしてこなかったのかを思い知らされ、やや胸がほつれたような心地になった。

『大丈夫。ありがとう』

 手短に返信を済ませ、端末をマナーモードに設定し、シーツの上に放り投げた。汗をかき火照った体が冷房の風に晒され、赤くなっていた頭の中も徐々に冷やされていく。

――明日、千尋にちゃんと謝ろう。

 心の中でそう呟いて、静はそっと目を閉じた。
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