ボーイズ・イン・ブルー
「ていうかさ、お前、スタジオ行かなくて良いわけ?」
「あー、今日休みになったんだよね。そういやかっちゃんには言ってなかったっけ」
頬杖をついた梶ヶ谷の声に、山盛りのパスタを大方片付けて満足顔の千尋がのんびりと答えた。
静はややぬるくなったアイスティーのストローを噛み、隣に座る梶ヶ谷の向こう、窓ガラス越しに行き交う人々の姿を眺める。日曜日だから当然なのかもしれないが、意識して見るせいか、男女の二人組がやたらと目についた。
ありきたりな日常の風景が、途端にコマ送りのように機械的になっていく感覚。そして、そこに加わることをせず、薄い膜一枚隔てた場所で傍観する自分。
連れ立って歩くカップルの、楽しそうな笑顔が遠い。すぐ傍で繰り広げられる千尋と梶ヶ谷のやりとりも、まるで水面を通して声が届いているみたいにぼやけて聞こえる。
――この感じ、久しぶりだな。
ふと、千尋と出会うまでの毎日のことを思い出す。
美術室で千尋に見つかる前の、自宅と教室の往復という無味無臭な日々も、静にとって苦ではなかった。電車の中から見える景色や、駅から学校までの道のりに咲く小さな花、校内に茂る木々の緑は、静の心を代わるがわるに楽しませたからだ。
けれど、そんな静の一人きりの世界を変えたのは、間違いなく千尋だった。
突如として目の前に現れた千尋の姿は、いきいきとして弾けるような生気に溢れていた。そんな千尋に手を引かれ、それまで焦点を合わせてこなかった景色が瞬く間に色とりどりに動き始めた。
静にとっての千尋は、誰かといて楽しいとか、他愛ない話をできることが嬉しいとか、そんな気持ちをたくさんくれた唯一無二の存在だった。
その光が眩しすぎて、今この瞬間が永遠に続く訳ではないという至極当然のことに、今の今まで気付くことができなかったのだ。
「――滝沢?」
詮無い至高の波に呑まれそうになっているところで、梶ヶ谷の呼び掛けにはたと我に返る。次第に鮮明になっていく視界に目を凝らすと、二人が気遣うような視線を向けていることが分かった。
「ごめん、ちょっとぼーっとしてた。……何?」
「いや、あそこの試聴コーナーの充実っぷりは凄いよね、ってそれだけだけど。顔色、あんまり良くないよ」
「うん、今日暑いから、そのせいだと思う」
そう答えると、梶ヶ谷はそれ以上何も尋ねてこなかった。
千尋はというと、トレーの上に乗った皿を綺麗に平らげて、「ごちそうさま!」と手を合わせている。昼休み何度も見た光景のはずなのに、どうしてか、いつものようにまっすぐに千尋の顔を見ることができなかった。
「あー、今日休みになったんだよね。そういやかっちゃんには言ってなかったっけ」
頬杖をついた梶ヶ谷の声に、山盛りのパスタを大方片付けて満足顔の千尋がのんびりと答えた。
静はややぬるくなったアイスティーのストローを噛み、隣に座る梶ヶ谷の向こう、窓ガラス越しに行き交う人々の姿を眺める。日曜日だから当然なのかもしれないが、意識して見るせいか、男女の二人組がやたらと目についた。
ありきたりな日常の風景が、途端にコマ送りのように機械的になっていく感覚。そして、そこに加わることをせず、薄い膜一枚隔てた場所で傍観する自分。
連れ立って歩くカップルの、楽しそうな笑顔が遠い。すぐ傍で繰り広げられる千尋と梶ヶ谷のやりとりも、まるで水面を通して声が届いているみたいにぼやけて聞こえる。
――この感じ、久しぶりだな。
ふと、千尋と出会うまでの毎日のことを思い出す。
美術室で千尋に見つかる前の、自宅と教室の往復という無味無臭な日々も、静にとって苦ではなかった。電車の中から見える景色や、駅から学校までの道のりに咲く小さな花、校内に茂る木々の緑は、静の心を代わるがわるに楽しませたからだ。
けれど、そんな静の一人きりの世界を変えたのは、間違いなく千尋だった。
突如として目の前に現れた千尋の姿は、いきいきとして弾けるような生気に溢れていた。そんな千尋に手を引かれ、それまで焦点を合わせてこなかった景色が瞬く間に色とりどりに動き始めた。
静にとっての千尋は、誰かといて楽しいとか、他愛ない話をできることが嬉しいとか、そんな気持ちをたくさんくれた唯一無二の存在だった。
その光が眩しすぎて、今この瞬間が永遠に続く訳ではないという至極当然のことに、今の今まで気付くことができなかったのだ。
「――滝沢?」
詮無い至高の波に呑まれそうになっているところで、梶ヶ谷の呼び掛けにはたと我に返る。次第に鮮明になっていく視界に目を凝らすと、二人が気遣うような視線を向けていることが分かった。
「ごめん、ちょっとぼーっとしてた。……何?」
「いや、あそこの試聴コーナーの充実っぷりは凄いよね、ってそれだけだけど。顔色、あんまり良くないよ」
「うん、今日暑いから、そのせいだと思う」
そう答えると、梶ヶ谷はそれ以上何も尋ねてこなかった。
千尋はというと、トレーの上に乗った皿を綺麗に平らげて、「ごちそうさま!」と手を合わせている。昼休み何度も見た光景のはずなのに、どうしてか、いつものようにまっすぐに千尋の顔を見ることができなかった。