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ボーイズ・イン・ブルー

「……うわ、最悪。ていうか声がでかい。座っていいから大人しくしてくんない」
「ひゅ~、さすがかっちゃん話が早い!」
「だからうるさいって。はあ……」

 これ見よがしに溜息を吐きながらも、梶ヶ谷は机の上に広がっているノートや教科書を手際よく片付けていく。「急に来てごめん」と謝って隣に腰掛けると、梶ヶ谷は眉根を寄せて、「滝沢は別にいいんだけど。問題はアレ」と顎をしゃくった。
 当の千尋はというと、そんな梶ヶ谷の態度に少しもめげることなく、荷物を下ろすとすぐに財布を握ってカウンターへと踵を返した。鼻歌交じりだったところを見ると、余程腹を空かせていたらしい。
 嬉しそうにぴょこぴょこと上下している背中を見つめ、何食べようかな、と自分も席を立とうとしたところで、梶ヶ谷に呼び止められる。

「それで、お前らはデートでもしてんの?」

 普段そういった話題を全く口にしない梶ヶ谷から突然飛び出してきた単語に、一瞬と言わず思考が止まる。

「………………いや、千尋に誘われて。CD見に行ってた」
「ふーん。あそこ便利だったでしょ」

 それだけ言って、梶ヶ谷はまた手元の単語帳に視線を戻してしまった。今のは梶ヶ谷なりの冗談だったのだろうか――そう逡巡しているうちに「滝沢も何か買ってきたら」と促され、流されるように立ち上がる。
 カウンターへ向かう途中、パスタやらホットドッグやらを目一杯に載せたトレーを運ぶ千尋と擦れ違ったので、「先に食べてていいよ」と声を掛ける。元気よく頷いた姿がさながら尻尾をぱたぱたと振る犬のように見えて、おかしくなる。

 何となく思考がまとまらず、適当なサンドのセットを注文した後は、ぼんやりと宙を眺めた。先ほどの梶ヶ谷とのやり取りを思い出しながら、そういえば千尋の口からもその手の話題が出たことはないな、と思い至る。
 千尋は所謂世間で言うところの「女子にモテる」存在なのだと思う。人目を引く背格好に、明るく裏表のない性格。それに、千尋は誰かを褒めるということがとても上手い。同じ性別の自分でも、ストレートに響く千尋の言葉はとても魅力的だと感じるくらいだ。
 
 ただ、その割には、彼女がいるとか誰と付き合っていたとか、そういう話をこれまで全くしてこなかった。千尋の方からそうした話題を振ってくることは今まで一度もなかったし、必要性を感じたこともなかったから、静の方から尋ねることもなかった。
 そもそも、静は誰かを好きだと思う気持ちだとか、誰かと付き合いたいと思う気持ちだとか、そういう感情の機微に疎い。目の前を通り過ぎていく人々は、静にとっては密なコミュニケーションを取る相手というよりも、むしろ観察の対象であるとさえ言える。性別を問わず今まであまり他人と深い関係を築いてこなかったこともあり、どうしても他者と自分の間には見えない壁のようなものがあると感じることが多かった。

 千尋にも、好きな女の子がいたりするんだろうか。
 何も不自然なことではないのに、どうしてか、何かが胸につかえるような感じがした。
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