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ボーイズ・イン・ブルー

 五階建てのビルの上から下までを余すところなく満喫し終えた頃、示し合わせたように千尋の胃袋が盛大な音を立てた。それを聞いてスマートフォンのデジタル時計を確認すると、時刻はちょうど正午を過ぎたあたりだった。あまりにも規則正しい腹時計に、静はある種の愛くるしささえ感じる。

「何食べる?って言っても、選択肢は限られてくるけど」

 静や千尋の通う高校は、所謂都市郊外の公立校だ。学校の周りはほとんどが住宅地で、それ以外にあるものと言えば無駄にだだっ広い道路のみと言った具合なので、当然最寄り駅もそんなに規模が大きいという訳ではない。さらに言えば、そもそもこの大手チェーンのCDショップが出来たというだけでも奇跡に近い。
 いくら駅前が栄えていると言っても、それはあくまで「他と比べれば」の話だ。飲食店の類もそう多くはないし、年々居酒屋の数ばかりが増えて、あとはファストフードか、当たり障りのないファミレスか、良くてチェーンのカフェ程度のラインナップしか望めない。

「シズは?なんか食べたいものとかある?」
「特には。日曜だし、どこも混んでるだろうね」
「確かになあ。片っ端からあたるしかないかー」

 千尋の食事情と二人の懐事情を優先してとりあえずファストフード店へと向かってみたものの、案の定店内は学生や家族連れでごった返している。
 その喧騒に思わず辟易としてやや眉を寄せてしまった自覚はあったが、隣にいた千尋にも「わ、嫌そうなカオ!」と笑われてしまった。自分は意外にも感情が顔に出るタイプらしく、最近は気を付けていたつもりだったのだが、千尋といるとどうにもうまく取り繕えない。

 それからもう三軒ほどファミレスを回ったが、やはりどこにも滑り込むことができなかった。片田舎だと言うのに無駄に高い人口密度が恨めしい。
 このままでは埒が明かない。それに、この炎天下の中うろうろと歩き回っていても体力を消耗するだけだ。
 「一番回転の早そうなところで大人しく順番を待とうか」と提案するべく、静は口を開く。しかし、ちょうどそれと同じタイミングで、千尋が「あっ!」と一際大きな声を上げた。

「かっちゃんいんじゃん!!」

 千尋が指差した先には、向かい側の歩道に面したコーヒーショップの大きなガラス窓と、その向こうで参考書を開いている梶ヶ谷の姿だった。

「あ、ほんとだ」
「あそこって、ナントカサンドみたいなやつくらいは食えるよね?」
「多分。一、二回しか入ったことないけど……軽食系、結構充実してたと思うよ」
「クーラー利いてるとこ入りたいし、とりあえず行ってみよ!」

 言うが早いか、千尋は静を連れてあっという間に店の自動ドアをくぐった。カウンターの向こうの店員の挨拶に「待ち合わせでーす」とあっけらかんと応え、そのまま客席へと足を運んでいく。
 
「ハロー、かっちゃん。二人なんですけど、相席お願いしまーす」

 窓際の席でアイスコーヒーを啜っていた梶ヶ谷は、近付いてくる足音に顔を上げ、盛大に顔をしかめた。
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