ボーイズ・イン・ブルー
試験前の提出仮題や進度合わせの忙しない授業に追われているうちに、約束の日取りはあっという間に静を迎えにやって来た。
休日ということもあり、待ち合わせ場所の駅前広場には多くの人々がひしめき合っている。視界の中を次から次へと横切っていく人波を眺めながら、静は額に滲んだ汗を手の甲で拭った。
駅舎の屋根がつくる日陰に立っているというのに、コンクリートの照り返しが容赦なく襲ってくる。暑い。ニュース番組のお天気キャスターは「今年初めての真夏日です」と解説していたが、「猛暑日の間違いじゃないのか」と文句のひとつも言いたくなるような激しさだった。
もともと暑さに強い方ではないので、急に跳ね上がった気温の影響をもろに食らい、静は肉体的にも精神的にもやや参っていた。これが千尋との約束でなければ、何かしら適当な理由をつけて断っていたかもしれない。
ぼうっとした頭で立ち尽くしていると、手の中のスマートフォンが震え、メッセージの受信を知らせた。差出人は千尋だ。
『もう着くから待ってて!!!!!!!』
焦っているのかやたらと勢いのある文面に、ふ、と静の口元がほころぶ。
『改札前にいる』
『了解すぐ行く!!!!!!!』
二度目のメッセージを受け取った直後に、背後から駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。
「ごめん待った!?」
「や、そんなでもないよ」
「いや~出掛けに兄貴に捕まっちゃってさ~~。CD買いに行くっつったらついでにあれ買ってこいだのなんだのうるさくて」
「そういえば、上も下もいるって言ってたっけ。兄弟仲、いいんだ?」
歩き始めた千尋の後ろを着いていき、熱い日差しに目を細めながら問う。
てっきり「そうでもない!」とか「全然!」とか子どものような答えが返ってくると思っていたのに、返ってきたのは「まあ、悪くはないけど。良いって訳でもないよ」といういつもより数トーン低く冷めたような声だった。その声色に、背中を暑さのせいとはまた違った汗が伝ったような気がした。
茹だるような脳みそで「また初めて見る顔してるな」と考え、振り向いた横顔を眺めているうちに、千尋はくるりとその表情を入れ替えてしまう。
「さて、じゃあまずはCDかな。てかシズ死にそうな顔してっけど平気?」
「多分見た目より大丈夫。でも、できれば早めに涼しいところに行きたいかな……」
「おっけ。じゃ、なるべく日陰になってるとこ通って行こ」
そう言って、千尋は街路樹の下へ体を滑り込ませた。気遣うような笑顔に、たくさんの葉形の影が落ちる。
先日からちらちらと見え隠れしている、普段目にしているよりももっと深いところにいる千尋。気の置けない友人としてもっと知りたいと思う反面、どうにも踏み込むことを尻込みしている自分がいる。
木陰を進む後ろ姿は、今何を思っているのだろう。自分は千尋のことを何一つ知らないのだと改めて思い知らされたような気がして、静は小さく俯いた。
休日ということもあり、待ち合わせ場所の駅前広場には多くの人々がひしめき合っている。視界の中を次から次へと横切っていく人波を眺めながら、静は額に滲んだ汗を手の甲で拭った。
駅舎の屋根がつくる日陰に立っているというのに、コンクリートの照り返しが容赦なく襲ってくる。暑い。ニュース番組のお天気キャスターは「今年初めての真夏日です」と解説していたが、「猛暑日の間違いじゃないのか」と文句のひとつも言いたくなるような激しさだった。
もともと暑さに強い方ではないので、急に跳ね上がった気温の影響をもろに食らい、静は肉体的にも精神的にもやや参っていた。これが千尋との約束でなければ、何かしら適当な理由をつけて断っていたかもしれない。
ぼうっとした頭で立ち尽くしていると、手の中のスマートフォンが震え、メッセージの受信を知らせた。差出人は千尋だ。
『もう着くから待ってて!!!!!!!』
焦っているのかやたらと勢いのある文面に、ふ、と静の口元がほころぶ。
『改札前にいる』
『了解すぐ行く!!!!!!!』
二度目のメッセージを受け取った直後に、背後から駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。
「ごめん待った!?」
「や、そんなでもないよ」
「いや~出掛けに兄貴に捕まっちゃってさ~~。CD買いに行くっつったらついでにあれ買ってこいだのなんだのうるさくて」
「そういえば、上も下もいるって言ってたっけ。兄弟仲、いいんだ?」
歩き始めた千尋の後ろを着いていき、熱い日差しに目を細めながら問う。
てっきり「そうでもない!」とか「全然!」とか子どものような答えが返ってくると思っていたのに、返ってきたのは「まあ、悪くはないけど。良いって訳でもないよ」といういつもより数トーン低く冷めたような声だった。その声色に、背中を暑さのせいとはまた違った汗が伝ったような気がした。
茹だるような脳みそで「また初めて見る顔してるな」と考え、振り向いた横顔を眺めているうちに、千尋はくるりとその表情を入れ替えてしまう。
「さて、じゃあまずはCDかな。てかシズ死にそうな顔してっけど平気?」
「多分見た目より大丈夫。でも、できれば早めに涼しいところに行きたいかな……」
「おっけ。じゃ、なるべく日陰になってるとこ通って行こ」
そう言って、千尋は街路樹の下へ体を滑り込ませた。気遣うような笑顔に、たくさんの葉形の影が落ちる。
先日からちらちらと見え隠れしている、普段目にしているよりももっと深いところにいる千尋。気の置けない友人としてもっと知りたいと思う反面、どうにも踏み込むことを尻込みしている自分がいる。
木陰を進む後ろ姿は、今何を思っているのだろう。自分は千尋のことを何一つ知らないのだと改めて思い知らされたような気がして、静は小さく俯いた。