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ボーイズ・イン・ブルー

「来週、どうする?さっき言ってたCDショップは決定として……」
「うーん……シズ、どっか行きたいとことかある?」
「今ぱっと思いつくのは駅前の文房具屋かな……。あそこ、店長さんの趣味でちょっとだけ画材置いてあって」
「へー、知らなかったわ。じゃ、そこ追加ね。オレの方でもちょっと考えとく」

 合意の合図として小さくひとつ頷くと、二人の間に再び沈黙が戻った。

 この十分かそこらの間に、校舎に打ち付ける雨音はその強さを増している。気温は落ち着いているので窓を締め切っていても暑くはなかったが、高すぎる湿度のせいで、室内の空気はぬめりを帯びているかのようだった。 
 中途半端に伸びた後ろ髪が湿気を孕んで、それが首筋でもたついているのが気持ち悪い。肌に張り付く毛束を払おうか、と腕を持ち上げかけたその時、感じていた不快な感覚がふっ、と軽くなった。
 
「……髪、伸びたね」

 千尋の硬質な指先が襟足を掬ったのだと、その事実を受け入れるまでに時間が掛かった。振り向いた先で静を見つめていたのは、先ほど廊下で目にしたあのこぼれるようなまなざしだった。
 この目に見つめられると、喉の奥の方がヒリついて、うまく言葉が出てこなくなる。一瞬、二人の間の何もかもが止まってしまったかのような、そんな錯覚すら覚えるほどだった。

 目が合うと同時に、千尋の手がぱっと離れていく。

「それ、暑くない?」
「……切りに行くの、忘れてて」
「そっかー。オレ絶対耐えらんないな~。すぐ鬱陶しくなっちゃって」

 いつもと同じようなペースで会話を続ける千尋の態度にほっとしながら、静は窓の外を見る。
 水滴が滴る窓ガラス越しでは、見慣れた風景がまた違った見え方をする。それが面白くて、意図せずじっと目を凝らしてしまう。まるで、大きな箱の中に閉じ込められているみたいだ。
 今なら水族館の水槽の中の魚たちの気持ちも少し分かるかもしれないな、と空想に片足を突っ込んでいたところで、「雨、いよいよヤバいな」という独り言のような千尋の声が聞こえた。

「もっとひどくなる前に、今日はもう帰ろ」

 机から降りた千尋が、荷物を抱えながら言う。それに頷いて、静も腰を上げた。

「なんか、世界から俺たちだけ切り離さてる感じがする」
 
 誰に言うでもなくぽたり、と落ちた静のささめきに、千尋は曖昧に笑うだけだった。
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