生意気な年下にうっかり惚れられまして。
終始淡々と指摘する澤村に、売り言葉に買い言葉のようにヒートアップしてしまう。
「白井さーん、澤村さん!遅れてる~~」
営業部の後輩、結城の声にはっと我に返る。
変に思われていないか数メートル前を歩く彼らを見るが、みな楽しそうに喋りながら歩いており、後ろを歩く椋太たちには気にも留めない様子で安堵した。
そうして冷静になってみると、唐突に反論されたからとはいえ、らしくなく熱く声を荒げてしまったことを反省する。
(……俺らしくもない)
戸惑うような笑みを一瞬浮かべたのち、椋太は澤村の方へ振り返った。
「大きな声出して悪かったな」
「……いえ」
こちらが落ち着いた声で謝ると、なんとなく澤村も先程よりは目の力が緩んでいるように見えた。
「白井さん」
「……ン?」
澤村は少しだけ目を伏せ、先程よりは幾分柔らかい声で切り出す。
「次、何かあれば。俺に相談すればいい」
そう言うやいなや、唐突に椋太の手を握り込む。
「はぁ?!」
澤村の予想外の行動に思わず声が出る。
椋太のあまり日に焼けていない白い手が、澤村の大きく浅黒い手に包み込まれている。
気がつくと痛いほどの視線を送られ、妙にドギマギしてくる。
(う、どういう情況だよ、コレ……男に手握られたってうれしくねーし……)
手を離そうと引っ張るものの、強く握り込まれていて離せない。
(いい加減手ぇ離せよ…っ)
その手は力強く、温かいを通り越して――熱い。
「……いつまで握ってんだ」
椋太は掠れたような声をかろうじて絞り出す。
すると澤村は両手で椋太の手を握り込んだまま、ぶんぶんと少し手を振ってからそっと離した。
「手を繋がないと迷子になるもんな」
動揺を悟られないようにと軽口を叩く。
「握手です」
ごく真面目な顔で澤村は椋太の目を見つめた。
「あ、握手な。てか、力強い。手痛いんだけど」
「……すみません」
大げさに手を振り目を反らしながら悪態をつくと、澤村が心なしかしゅんとしている気がして椋太は妙にそわそわした。
「……何か合ったら聞くから」
「――はい、そうして下さい」
「ン」
こうして椋太にとっては、多大なるインパクトを残すキックオフとなった。
帰社後、オフィスの洗面所で手を洗いながら先程の流れを思い返す。
(なんか、調子狂うな、アイツ。生意気かと思ったら妙になついてくるし)
なにより自分が初対面の相手に敬語や丁寧語も忘れて突っかかってしまったことが気に病む。
『あれじゃダメだ』
渾身の企画をダメ出しされたことを思い出し、またむらむらと腹が立ってきた。
「ンだよ……」
椋太はつぶやきながら、ぬぼっと背の高い男の後ろ姿を頭に思い浮かべていた。
――その日の夜。
約束していた彼女とのデートに気持ちをシフトしようと、ネクタイを改めて締め直しオフィスを出る。
ビルのセキュリティゲートを出たところで、ブー、とポケットに入れたスマホからバイブ音が鳴った。
「待ち合わせにでも遅れるとかか……?」
表示された通知ウインドウをクリックすると現れたのは――
『ごめんなさい。好きな人ができたので、もう会えない』
届いた文字列を見つめながら、呆気にとられる。
『言おうと思って、直接伝えられなくてごめんね。顔見たら言えないって思って』
そのまま長々と続く彼女からの言葉には、時折話題に出ていた職場の年下の男に恋したこと、彼がいろいろ気にかけてくれたこと、悩んだ末に思いを伝える決意をしたことなどが綴られていた。
そういえば近頃は年下の同僚についての話題が多いな、となんとなくは思っていたのだったが。
多分、仕事だの何だので、彼女を思いやることができなかったことなどが原因なんだなと、すんなり理解できた。
でも前触れもなく理不尽に直接ではなくメッセンジャーで一方的に伝えてきたことにも怒りを覚える。
気がつくとなぜか、脳内では勝手に見たこともないような不敵な笑みを浮かべる澤村が、彼女の肩を抱いて去っていく姿を描き出す。
『白井さん、アンタじゃダメなんだ』
違うのは理解っていながら、勝手に声まで再生される。
(昼間の因縁といい……彼女は年下の男に取られるし……年下の男ばかり……)
ふつふつと怒りがこみ上げてくる。
「いったい、なんなんだっ」
こうして、椋太の怒涛の一日が終わった――。
「白井さーん、澤村さん!遅れてる~~」
営業部の後輩、結城の声にはっと我に返る。
変に思われていないか数メートル前を歩く彼らを見るが、みな楽しそうに喋りながら歩いており、後ろを歩く椋太たちには気にも留めない様子で安堵した。
そうして冷静になってみると、唐突に反論されたからとはいえ、らしくなく熱く声を荒げてしまったことを反省する。
(……俺らしくもない)
戸惑うような笑みを一瞬浮かべたのち、椋太は澤村の方へ振り返った。
「大きな声出して悪かったな」
「……いえ」
こちらが落ち着いた声で謝ると、なんとなく澤村も先程よりは目の力が緩んでいるように見えた。
「白井さん」
「……ン?」
澤村は少しだけ目を伏せ、先程よりは幾分柔らかい声で切り出す。
「次、何かあれば。俺に相談すればいい」
そう言うやいなや、唐突に椋太の手を握り込む。
「はぁ?!」
澤村の予想外の行動に思わず声が出る。
椋太のあまり日に焼けていない白い手が、澤村の大きく浅黒い手に包み込まれている。
気がつくと痛いほどの視線を送られ、妙にドギマギしてくる。
(う、どういう情況だよ、コレ……男に手握られたってうれしくねーし……)
手を離そうと引っ張るものの、強く握り込まれていて離せない。
(いい加減手ぇ離せよ…っ)
その手は力強く、温かいを通り越して――熱い。
「……いつまで握ってんだ」
椋太は掠れたような声をかろうじて絞り出す。
すると澤村は両手で椋太の手を握り込んだまま、ぶんぶんと少し手を振ってからそっと離した。
「手を繋がないと迷子になるもんな」
動揺を悟られないようにと軽口を叩く。
「握手です」
ごく真面目な顔で澤村は椋太の目を見つめた。
「あ、握手な。てか、力強い。手痛いんだけど」
「……すみません」
大げさに手を振り目を反らしながら悪態をつくと、澤村が心なしかしゅんとしている気がして椋太は妙にそわそわした。
「……何か合ったら聞くから」
「――はい、そうして下さい」
「ン」
こうして椋太にとっては、多大なるインパクトを残すキックオフとなった。
帰社後、オフィスの洗面所で手を洗いながら先程の流れを思い返す。
(なんか、調子狂うな、アイツ。生意気かと思ったら妙になついてくるし)
なにより自分が初対面の相手に敬語や丁寧語も忘れて突っかかってしまったことが気に病む。
『あれじゃダメだ』
渾身の企画をダメ出しされたことを思い出し、またむらむらと腹が立ってきた。
「ンだよ……」
椋太はつぶやきながら、ぬぼっと背の高い男の後ろ姿を頭に思い浮かべていた。
――その日の夜。
約束していた彼女とのデートに気持ちをシフトしようと、ネクタイを改めて締め直しオフィスを出る。
ビルのセキュリティゲートを出たところで、ブー、とポケットに入れたスマホからバイブ音が鳴った。
「待ち合わせにでも遅れるとかか……?」
表示された通知ウインドウをクリックすると現れたのは――
『ごめんなさい。好きな人ができたので、もう会えない』
届いた文字列を見つめながら、呆気にとられる。
『言おうと思って、直接伝えられなくてごめんね。顔見たら言えないって思って』
そのまま長々と続く彼女からの言葉には、時折話題に出ていた職場の年下の男に恋したこと、彼がいろいろ気にかけてくれたこと、悩んだ末に思いを伝える決意をしたことなどが綴られていた。
そういえば近頃は年下の同僚についての話題が多いな、となんとなくは思っていたのだったが。
多分、仕事だの何だので、彼女を思いやることができなかったことなどが原因なんだなと、すんなり理解できた。
でも前触れもなく理不尽に直接ではなくメッセンジャーで一方的に伝えてきたことにも怒りを覚える。
気がつくとなぜか、脳内では勝手に見たこともないような不敵な笑みを浮かべる澤村が、彼女の肩を抱いて去っていく姿を描き出す。
『白井さん、アンタじゃダメなんだ』
違うのは理解っていながら、勝手に声まで再生される。
(昼間の因縁といい……彼女は年下の男に取られるし……年下の男ばかり……)
ふつふつと怒りがこみ上げてくる。
「いったい、なんなんだっ」
こうして、椋太の怒涛の一日が終わった――。